D 兆(黒)
「集まったか。では始めるぞ。西に放っている密偵から連絡があった。どうやら帝国軍が本格的に戦争の準備に入ったらしい。詳しい事はまだ分かっていないが、俺たちのシマに攻め込むつまりなのは先ず間違いないだろう。ここ5年間ほど、全く奴らに動きが無かったのは気がかりだが、いつも通り国境線を侵しにくるはずだ。奴らの侵攻を食い止めるために、国境付近の下部組織に人員を送り込む。これ以上、俺たちのシマを削り取られる訳にはいかん。杞憂であればそれでいい。だが、俺の直感が奴らは攻めてくると言っている。いいかお前ら、中幸は俺らのシマだ。先祖代々受け継いできた土地だが、今や奴らに半分以上削り取られた。もう絶対に奪わせるな!侵略者は全員死体にして送り返せ!柏木組の恐ろしさを骨身に刻み込んでやれ!」
《はい!!》
若頭の怒号に応えるように、この場に集まった幹部達も返事をする。
幹部達が次々と部屋から出ていく中、田淵は立ち止まり思案していた。
「田淵、何してる。お前も巡回に行け。」
「はい。」
松林に言われ、田淵も部屋を出る。
部屋を出て廊下を歩く田淵は得体の知れない違和感を覚えていた。あの日もそうだ。組長の命令で、半グレ組織を潰しに行ったが、嫌な予感がしたため、十全な準備をした上で行動したことが返って仇となり、ギリギリで間に合わなかった。
そんな経験から今回の防衛策に不安を感じながら廊下を歩いていると、正面から歩いてくる男がいた。
「田淵の兄貴、会議お疲れ様です。」
「道草か、こんなところで何してる?」
「我が女神…失礼、香夜様を探していましてね。田淵の兄貴と共に会議に出ると聞いていたので、ここまで来た所存です。」
「幹部だけの会議に香夜が参加できるわけねぇだろ。騙されてんだよ。もういい加減諦めたらどうだ?あいつも鬱陶しがってたぞ。」
「なんと!しかし、いくら尊敬する田淵の兄貴でも私の恋を邪魔させるわけにはいきませんよ。あーー、早く会いたい!どこにいるのですか私の女神よ〜!」
そう言って全力で走り去る男の名前は道草鞠夫。柏木組の組員であり、田淵の後輩だ。
「また、道草か。あいつも懲りない男だな」
そう言ってため息を吐くのは、紺色のスーツを着た短髪の女、立松華織だった。
「ああ見えて、あいつは優秀ですからね。単純な戦闘力なら俺たちより上なんじゃないですかね。」
「気に食わんが認めるしかあるまい。ところで、お前はどの組織へ応援に行く?」
「立花の姉御、俺は本部に残ろうと思います。今回の件、嫌な予感がするんです。」
「お前の勘はよく当たるからな。私も直ぐに戻って来れるように、比較的近い場所へ行くとしよう。」
その後も雑談をしながら2人は別れ、準備に取り掛かった。
その頃、香夜はシマの見回りをしていた。側にいたのは香夜の同期である勝谷昌だった。
2人は周りの店に挨拶をしながらのんびりと歩いていた。
「なぁ、香夜。お前の言ってた山下組を襲撃したヤツってどんなヤツなの?」
「なんでそんな事聞くのよ。」
「いや、いつか俺も戦うかもしれないだろ?その時のために知っときたいって思っただけだよ。」
「……アイツは純白の鎧を着てた。そして細い、レイピアの様な剣を持っていた。どんな能力かは分からないけど、おじちゃんに遺体の様子を聞いたら急所を狙われた傷が殆どで、斬り合いの形跡は全くなかったらしい。それはつまり、とてつもないスピードで相手が反応する前に急所を一撃で突いているという事。おそらくは力属性のスピード型、顔は兜で隠してたから分からなかった。」
「なるほど、一撃特化のスピード系か。俺とは相性が悪そうだ。」
「大丈夫よ、私が殺すから。」
「そうか。そういえば道草の兄貴にちゃんと言っといたぜ、田淵の兄貴と会議に行ってるって。」
「ありがと。あの人、ほっとくとずっと私の側にいるんだもん。道草の兄貴は凄く強いから、もっと組で活躍して欲しいんだけどなぁ。というか普通に鬱陶しい。」
「ああ…あの人も可哀想だなー。そういえば親っさんがそろそろ引退するらしいな。そしたらカシラが組長になるだろ?なら次の若頭になるのは誰なんだろうな。やっぱり親っさんの息子である柴田の兄貴なのかな。」
「いや、一番信頼と実績があるのは立松姐さんじゃない?あの人を次期カシラにって人は結構多いらしいよ。それと武闘派をまとめてる岸の兄貴もね。私としてはおじちゃんが相応しいって思ってるけど、カシラになったら気軽に会えなくなっちゃうからなってほしくは無いなぁ。」
「まぁ、どの道決めるのは親っさんとカシラだ。俺たちは上の命令に従うだけだ。」
「そうだね。」
そんな雑談をしながら2人で街を歩いていた。
平和は長くは続かない。2人にとっても運命の日が近づいていた。
中幸とは、先に出したセントラ地域の事です。国境付近の地域なので、東西で呼び方が違います。




