54 意思(白)
「ふむ…なるほど。皇帝の側近、もしくは皇帝自身が東軍へ訪れると…目的は十中八九、極道への侵略の計画を立てるためであろう。」
後日、ヴァルスから全容を聞いたヒューラは思案する。
「帝都にいる密偵から皇帝が動くという情報は来ていない。であればやはり皇帝以外の側近か….おそらく【大将軍】であろうな。」
「俺の先輩たちも同じ予想でした。」
「だろうな。帝国の軍事のトップ【大将軍】レムパス・リン・マクドレンヴィス、ヤツは帝国の侵攻において全体の指揮を取る指揮官だ。ヤツを殺す事ができれば帝国の侵攻計画を大幅に遅らせる事が出来るだろう。だがしかし、ヤツ自身が『十傑』に匹敵する実力者であり、暗殺するのは困難を極める。直接戦ってヤツに勝てるのは『革命派』では私だけだろう。しかしヤツの周りを固める親衛隊や東軍の軍人たち全てを相手にしてコチラの勝率は良くて2割と言ったところだ。ハッキリ言ってリスクとリターンが釣り合っていない。今回は見送るしかあるまい。」
ヒューラは今ある情報から冷静に判断を下した。本当に現れるのが【大将軍】であったのならば彼女の予測は概ね正しい。仮に全ての障害を取り除いて彼女が大将軍を殺害できたとしても、『革命派』の人間は半数以上が確実に死亡し、再起不能なレベルのダメージを受けるハメになる。『革命派』が今まで無事にやって来れたのはヒューラのこう言った冷静な判断力と頭の良さにやるところが大きい。
「見送りですね、分かりました。では俺たちはそのまま待機します。」
「お前たち2人のスパイとしてのカードも残しておきたいからな。…それよりリーシェは大丈夫か?バレないようにちゃんと出来ているか?あの子は表情に出やすいから…」
「あはは…正直1人だったら相当怪しいですが、何とか俺がフォローしますよ。」
ンレナとモルモンに無理やり遊びに連れて行かれたリシェルはこの場にはいなかった。
「そうか、任せたぞ。では今日はこの辺で…」
「おっ、やっぱりここにいたか。10日ぶりくらいか?団長殿。」
そう言ってヒューラが椅子から立ち上がった瞬間、部屋の扉から1人の男が入って来た。
「副団長か、久しぶりですね。何故ここが?」
ヒューラに副団長と呼ばれた男はイズカンだった。イズカンはズカズカと中に入ってくるやいなや近くの椅子に腰掛ける。
「部下に聞いたのよ、ちょっとお前さんに緊急で話したい事があってな。…それよりこの若者は…」
イズカンはそう言ってヴァルスを凝視した。
「『議会』でスカウトすると言っていた男ですよ。この度、我々の仲間になってくれる事になりました。」
「あ、はい。よろしくお願いします。」
紹介されたヴァルスも軽く頭を下げた。しかしイズカンは何故か不思議そうにヴァルスを凝視している。
「…うーん…あん時は遠くでよく見えなかったが…お前さんどこかで…何かに似てるような…」
「彼は帝国軍所属ですからね、昔会っていても不思議ではありません。」
「はぇえ…そうなのか…見た感じ若そうだが、期待してるぞ。おっと、自己紹介がまだだったな。俺はイズカン・リャームド。お前さんは?」
イズカンはそう言って手を差し出した。
「ヴァルス・アラムドです。よろしくお願いします。」
ヴァルスがイズカンの手を握ろうとした瞬間、イズカンが手を下ろした。
「…はぁ?…お前さん、今なんて?」
「え?…よろしくお願いします…と。」
「違う、名前だよ名前!お前さんの名前は何だ!?」
「ヴァルス・アラムドですが…」
「…なん…だと……」
目を白黒させていたイズカンは明後日の方を見て黙り込んでしまった。それを見て心配になったヒューラが声をかける。
「副団長?どうしたんですか?」
それを受けてもしばらく沈黙した後、イズカンは口を開いた。
「ふぅ……いくつか質問する、分かる範囲で正直に答えろ。お前の両親の名前は?」
イズカンはヒューラを無視してヴァルスに詰め寄る。
「いきなり何ですか?俺が一体何を…」
「質問に答えろ!!お前の両親の名前は何だ!?」
興奮したイズカンはヴァルスに更に詰め寄った。
「…し、知りません。俺は孤児なんで…親の顔も名前も知りません。」
「……お前のいた孤児院の名前は?」
「は、ハーヴェスト孤児院です。」
「………」
それを聞いたイズカンはヨロヨロと後ろに後退りし、倒れるように椅子に座った。
「副団長、一体何があったと言うのだ?貴方はヴァルスと知り合いなのか?」
「……悪りぃなヒューラの嬢ちゃん。ちょっとコイツと2人で話させてくれないか?」
団長と呼ぶ事すら忘れ、焦燥した様子のイズカンを見てヒューラは何かを察した。
「…分かりました。しかし、何があったかは知りませんがいきなり彼を殺す事だけは許可しません。私に一言言ってからにしてください。そこは貴方を信用しています。では、私は失礼。明日も同じ時間に再びこの場で落ち合いましょう。」
ヒューラはそう言い残して外に出て行った。
部屋に残された2人の間には沈黙が落ちる。
「あのぉ…俺、何かしましたか?2人で話なんて…一体何が?」
「……」
イズカンは下を向いたまま何も答えない。ヴァルスもそれを見てそのまま何も言わなかった。
しばらくしてイズカンが口を開く。
「…はぁ…すまんな、あまりのショックで少し動揺した。だがもう落ち着いたよ。」
「そうですか、ではそろそろ詳しく話していただけますか?」
「そうだなぁ…お前には伝えるべき事が山ほどあるが…先ず言っておかねばならん事がある。………お前、今すぐに『革命派』を辞めろ。」
いきなり意味不明な事を言い出したイズカンにヴァルスも驚愕する。
「いやいや、意味が分かりません。それはどういう事ですか?」
「言葉の通りだ、副団長の権限でお前を『革命派』から除名する。即刻、この場から消えろ。」
真剣な表情でそう告げるイズカンが冗談では無いと察したヴァルスは更に困惑を極める。
「本当に唐突ですね、俺はヒューラさんにスカウトされて『革命派』に入ったんですよ。それを直ぐに除名だなんて…全く意味が分かりません。」
「理由なんて知らなくていい。お前は戦争なんかと縁の無い場所で幸せに生きる義務があるんだ。『革命派』と一緒にいたら何に巻き込まれるのか分からんぞ。悪い事は言わん、さっさとこの場から消えてくれ。」
「…会話になってないですよ。だから何故俺が戦争に巻き込まれては行けないんですか?何故そんな義務があるんですか?ハッキリ教えてください、貴方は俺の何なんですか?」
「…チッ、優しさで忠告してやってんのに…その頑固さは母親譲りか。」
イズカンがボソっと言った言葉をヴァルスは見逃さなかった。
「母親!?俺の母親の事を知ってるんですか!?」
「…あぁ…古い知り合いだ。…短い付き合いだったがな。」
「そうだったんですね!…では俺を『革命派』から抜けさせたい理由は…」
「はぁ……こんなこと本当は言いたくねぇんだがな。…お前の母親にお前を託されたからだ。まぁ俺が勝手にそう思ってるだけだがな。…お前の母親は戦争を止めるべく命を賭けて戦った。最期に俺が…いや、敵に殺されたんだ。だからお前には戦争には関わって欲しくない。死んだアイツもそう思っているだろう。だから、頼む。親孝行だと思って、戦争から手を引け。お前が幸せに暮らせるだけの仕事と家くらいなら俺が用意出来る。何なら結婚相手も紹介してやってもいいし、召使いも用意しよう。どうだ?」
イズカンは普段の軽い雰囲気とは全く違う真剣な表情でそう尋ねた。しかし、ヴァルスは一切悩む事なく即答する。
「どうだ、と言われましても…俺はリミ姉の意思を継ぐと決めています。だから…戦争から逃げるワケにはいきません。」
それを聞いてイズカンは苦笑いする。
「はは…まぁそうだろうな。お前、菖蒲の息子だもんな…俺如きの忠告で意思を曲げるわけないよな…ははは……それに、見知らぬおっさんに生き方を強制されるなんて、ふざけるなって話だよな。…悪かった、俺からも謝らせてくれ。」
イズカンはヴァルスに頭を下げた。
「いえ、謝るほどの事ではありませんよ。頭を上げてください。それよりも俺の両親について詳しく聞かせてください。」
「あんまり話したくねぇな…特に当事者であるお前にはな。」
「聞かせてください。終戦を願い、散って行ったという母親の話を。」
「…かなりショッキングな話になる。それでも聞く覚悟はあるか?」
「……はい。お願いします。」
「……ふぅ…ちょっと待てよ…俺の方も覚悟を決めなくちゃな…はぁはぁ…ふぅう……よし、なら話すぞ。俺がアイツと初めて会ったのは…
そうしてイズカンは己と水瀬菖蒲の過去について全てを話した。
…そう言うわけで俺が最期に…いや、現れた兵士から俺を庇って死んだ。」
イズカンが言い淀んだのにヴァルスも気づいたが、何も言わなかった。
「その後、赤子であるお前さんを孤児院に預け、俺の死んだ父親の名前であるヴァルスと名付けたってわけだ。
これがお前さんの母親と俺の全てだ。胸糞悪い話しちまって悪いな。」
全てを聴き終えたヴァルスはどこか寂しそうな表情をしていた。
「俺の母親…水瀬菖蒲…まさか元極道だったなんて…それに父親が今の宰相閣下…ホントに衝撃の事実ばかりでしたよ。」
「直接言うのは忍びないが、宰相はクズだ。停戦の使者である菖蒲を罠に嵌め、拘束するだけでなく、毎日の拷問や陵辱、身体の中には爆弾を埋め込んで逃げられなくした上に、子供を産めば助けると嘘を付き、己の子を孕ませ、希望を与えた上で裏切った。菖蒲の人間としての尊厳を全て破壊したんだ、それでも菖蒲は最期まで誇りを失わなかったがな。更に言えばこれは菖蒲に限った話ではない。確認しているだけでも7人もの東の女が同じ仕打ちを受けている。その間との子供も10人近くいると聞く、ヤツはその子供たちさえまともに人間扱いしていないとの噂だ。この世の全ての悪を煮詰めたような男が帝国宰相 ニールズ・エリドラという男だ。…いつか俺が必ず殺してやる!」
その憤怒に満ちた表情は、長年の思いを表していた。しかしそれよりも、話の中で一つ疑問に思ったことをヴァルスは聞く。
「一つ疑問があります、俺の父親 ニールズは何故東側の女との間に子供を?理由が全く分かりません。」
「それについては俺もよく調べたが結局、確信を得られる情報は得られなかった。おそらくは性癖なのだろうな。ヤツは東の人間を同じ人間だとは思っていない。東の人間であれば何をしても構わないと考えているのだろう。…だがしかし、それでは敢えて自分との子供を産ませる理由が全く分からない。血族のみで小さな軍隊のようなモノを作る為かとも思ったが、東の人間との間に子供を作れば、灰人が生まれてくる可能性があり、戦力としては期待できないはずだ。どう考えても敢えて東の人間を選ぶ理由が無いハズなんだ…」
「敢えて選ぶ理由ですか…ありそうな理由としては何かしらのトラウマの様な出来事があって西の女性を嫌悪しているとか…逆に東の女性に昔、命を救われたとかで東の女性しか愛せないとか…東の女性との間の子供でなければならない理由があったとか…」
「うむ…おおよそそんなとこだろうな。それに今では東の女を拉致したり、子供が出来たと言う話を全く聞かない。性癖やトラウマだと言うのであればあの悪趣味をピッタリと辞めるとは考えにくい…ヤツの狙いは一体何なんだ?ヤツは既に目的を果たしたのか…それとも…いや、ここで考えても分かる話じゃないか。…それよりも最後に聞かせてくれ。戦争から手を引く気はないんだな?」
イズカンの真剣な表情を見ても、ヴァルスは即答する。
「ありません。俺を拾ってくれたリミ姉との夢、そしてアイツにも誓いましたから。俺はもう止まりません。」
「そうか…よし!そこまで言うならお前にも命懸けで戦ってもらうぜ!これからよろしくな、兄弟!!」
「きょ、兄弟!?」
「ヴァルスってのは俺にとってはオヤジの名前だって言っただろう?名前で呼ぶのは変な感じだからな。俺のダチはみんな兄弟なのさ!年齢的には親子って感じだが、まぁいいだろ。」
「は、はい。分かりました。」
「そんじゃ今日は帰れ。明日また団長も交えて話合うぞ。その内大きな戦いがあるだろうから覚悟しておけよ。」
「了解です、では俺は失礼します。…イズカンさん。」
「おう!また明日な。」
ヴァルスはそう言って部屋を出た。
帰り道、ヴァルスは己の過去について様々なことを考えていた。
「まさか俺の父親が宰相で母親が極道だったなんて…それにイズカンさんは俺の命の恩人なんだよな…そういえばリシェルもあの人に…いつか恩返ししないとな。」
ヴァルスの独り言は夜に消えていった。
ーーヴァルスが出ていった後ーー
「ふぅ…あの時の赤ん坊にこんな所で会えるなんてな…こんな風に会いたくなかったぜ。」
「…そうですね、貴方にあんな過去があったなんて私も初耳でした。」
そう言って部屋に入って来たのはヒューラだった。
「ふんっ、やっぱり隠れて聞いてやがったのか…色ガキが。」
「ふふ…その呼び方も懐かしいですね。それよりも今の話、アンドレ団長やコニル先輩にも話してませんでしたよね?」
「あぁ、俺にとっては思い出したくない過去だからな。」
「なるほど…しかし最後の一言…庇って死んだと言うのは嘘ですね?何故そんな嘘を?」
「当たり前だ…ヴァルスの母親を直接手にかけたのは俺自身だからな。逃げられない事を悟った菖蒲は俺に自分を殺すように懇願してきた。俺はそれを受け入れて菖蒲を殺したんだ。そんな胸糞悪い事、息子であるアイツに言えるかよ。」
「そうでしたか…それは今伝えるべきではありませんね。」
「いずれは俺の口から伝える。お前さんは黙っててくれ。」
イズカンの真剣な頼みにヒューラも首を縦に振った。
「ふぅ!下らん過去の話はこれで終わり!せっかく2人で話せるんだ、俺から大事な話がある。しばらく付き合ってもらうぜ、団長。」
「もちろんですよ、副団長。」
そこからの2人の議論は朝まで続いた。
帝国の軍部の序列
【大将軍】
【将軍】(東西南北と中央に1人ずつ)
【軍隊長】(各軍のまとめ役)
【副隊長】(各軍に2人ずつ)
【隊員】




