冷めた夕食
※アンナの行動を変更しました。
「ここがリナリア様のお部屋です」
私はアンナに連れられて本当の私の部屋へとやって来た。
やはり私の部屋は間違っていたらしい。
もうすでに掃除をして愛着が沸いてきていたので今更部屋を交換されても少し寂しい気持ちがある。
ちなみにもうすでにメイド服は脱いで赤いドレスに着替えている。
メイド服は洗って返すつもりだったのだがアンナが「私に洗濯させてください!」とメイド服を引ったくっていったので洗濯はできなかった。
そのことに少しだけ申し訳なく思いつつも、私は目の前の部屋に目を輝かせていた。
「部屋、広いです……!」
部屋は最初にアンナに連れられた部屋の倍以上は広く、また家具も揃えられていた。サイズは違うだろうが、一応寝る時の服も用意されていた。一番の懸念だったドレスで寝ることになるのではないかという心配は解消されそうだ。
勿論部屋は隅々まで清掃されていて清潔だ。
「ベッドふかふか……!」
私は十年ぶりに見たふかふかのベッドに興奮する。
綺麗なベッドのシーツに触れると、柔らかい感触がした。
藁のベッドはたまにチクチクしていたので、ちゃんとしたベッドの上で眠ることができるのは嬉しい。
「それではこの後夕食をお持ち致しますのでもう少しお待ちください」
「はい、わかりました」
アンナがお辞儀をして部屋から出ていく。
部屋には私だけがポツンと残された。
「……」
部屋に一人になった私はベッドを無言で見て、思いっきりダイブした。
「やっぱりフカフカですっ!」
私は久しぶりのベッドの感触を存分に味わう。
そうして私はベッドを堪能していたのだが、気がつけば三十分以上経ってしまっていた。
「あれ? そう言えば食事が運ばれてくるって言ってましたけど……」
アンナがこの後食事が運ばれてくると言っていたがそれからもう三十分も経っている。
「遅れてるんでしょうか……?」
まあ、実家では父やローラの機嫌によっては食事抜きのこともあったし、何なら忘れられることもあったので一日絶食するくらいなら大丈夫だ。
と、ちょうどそんなことを考えていた時扉がノックされた。
「はい──アンナさん」
「リナリア様、お食事をお持ちしました」
私が返事をするとアンナが扉を開けて入ってきた。
アンナは食事を乗せたカートを押してテーブルの前までやってくるとテーブルの上に食事を並べ始めた。
「ご夕食の準備が完了致しました」
「ありがとございます──」
私はテーブルに並べられた料理を見て言葉を詰まらせたなぜなら──。
「お、美味しそう……っ!」
「は?」
私には並べられた料理がご馳走に見えたからだ。
準備に時間がかかったからかほとんどの料理は冷めてしまっていた。
しかし何しろ実家では毎日冷えたスープと固いパンしか食べたことしかなかったのだ。冷めた料理には慣れている。
それに加えてまともな料理は十年ぶりということもあって、目の前の料理はたとえ冷えていたとしても私にとってはとんでもないご馳走だった。
「いただきますっ!」
私は我慢できずにすぐに食事に手をつける。
「お、美味しい……!」
実家の塩分が多いスープとは違い、このスープは味付けがしっかりとしており勿論塩辛くはない。
それにパンだって柔らかいし、バターもつけて食べることができる。
メインディッシュの肉はジューシーで香ばしい……。
「あ、これ私がフランベしたやつですね……」
そう言えば肉料理も久しぶりに食べた気がする。たまに厨房の肉料理をつまみ食いしていたのだが、一年前にバレてからは配膳係になったので、それから肉料理は食べていなかった。
久しぶりに食べたお肉はとても美味しかった。
「美味しいです……!」
「……」
私が料理を頬張っている様子をアンナは困惑した目で見つめていた。
それから夢中で料理を食べているとすぐに食べ終わってしまった。
「ふー、こんなに食べたのは久しぶりです!」
「え?」
「いっ、いえ! 何でもありません!」
少し口を滑らせてしまったが、誤魔化すことで九死に一生を得るのだった。
そして食事も終わり、今度は入浴の時間になった。
(にゅ、入浴! 久しぶりのお風呂です!)
ここでも私は例に漏れず興奮する。
実家にいた頃は勿論入浴する設備なんてなかったし、屋敷のお風呂に入ることもできなかった。
小屋の中で毎日水に濡らした布で体を拭いたり、寒くない時は水で体を洗ったりしていたが、その間もずっと入浴したいと思っていた。
公爵家の準備として実家でもお風呂に入ったが、あれはゴシゴシと洗われるだけだったのでノーカンだ。
「今すぐ入りましょう!」
「はい、それでは入浴が終わりましたらお呼びください」
「え?」
アンナはそう言って部屋からすぐに出ていった。
「そうですよね。人がいたら気になっちゃいますし」
普通は一人で入浴するものなのだろう。
確かに私も入浴中に人がいたら恥ずかしいので、私としても出ていってもらった方がやりやすい。
その点でアンナの気遣いは嬉しかった。
「それにしても部屋の中にバスルームがあるなんて……公爵家恐るべしです」
バスルームが部屋の中に作られているのでわざわざ部屋を移動することがないのは素晴らしい。
私は上機嫌でお風呂に入った。
お風呂から上がった後。
「アンナさん」
私は扉を開けて扉の前に立っているアンナに声をかけた。
アンナが振り返ると、驚愕に目を見開いた。
「えっと、どこかおかしいでしょうか……」
私は自分の着ている服を見下ろしてアンナに質問する。
今私が着ているのは公爵様がとりあえず用意してくれた女性用の絹で編まれた寝巻きだ。
勿論私はかなり痩せているので平均的な女性に揃えられたこの服とはサイズは合っていないが、ゆったりとした服なのでそこまで見苦しくはないはずだ。
「ご自分で入浴なさったのですか?」
「そうですけど……何かおかしかったですか?」
「いえ……」
私は自分で入浴するのは普通ではないのかと思ってアンナに質問する。しかしアンナは首を振って否定したので私は安堵した。
「……」
気がつけばアンナが私のことをじっくりと観察していた。
「どうかしましたか?」
「いえ、何でもありません。それよりこれからはいかがなさいますか?」
「これからは寝ようと思います。今日は色々ありましたし、疲れましたから」
「も、申し訳ございませんっ! 私のせいで……!」
「あ、いえ! 深い意味は無く、今日は突然婚約したりと環境の移り変わりが激しかったので疲れたという意味です!」
なんだかアンナに対して含みを持った皮肉のような言い方になってしまったので私は慌てて否定する。
アンナはホッとしたように「良かったです」と言った。
「では私は戻ります。よろしいでしょうか?」
「あ、はい。今日はありがとうございました」
「お疲れ様でした」
アンナは部屋からそのまま廊下を歩いていった。
引き止めることもできなかったので部屋の中に戻り、枕元のランプを消す。
(あ、もっと毛布をもらわないと……ってこの部屋は隙間風は吹かないからもう要らないんでしたね)
そしてベッドに入ろうとして、隙間風対策の重ね着用の毛布を貰うことを忘れたことに気がついたが、そもそもこの部屋には隙間風なんか吹かないことを思い出して、私は大人しくベッドの中に入った。
「柔らかい……」
ベッドのシーツからはお日様の匂いがして、いつもの藁の匂いとは違うため何だか落ち着かない気持ちになった。
「今日も色々とありました。お母様」
私は首元のペンダントを外して側のサイドテーブルに置く。
するとみるみる内に睡魔がやって来て、私は目を閉じた。
「おやすみなさい……」
誰にかけるでもなくその言葉を呟いて、私は眠りについた。




