享:平等
風が止んだのちに、享はアンヌを見る。
「何もあんな説明をしなくても」
「だってそうでしょう?」
雑木林のあいだを歩き出しながら、アンヌはくすくすと笑い続けている。
「あれさえあれば、異界の主は世界や神を殺さなくても目的は達成できるわ。……彼の場合、二人分必要になってくるけれど」
時折、彼女が何を考えているのか、分からなくなる。昔、笑いあった彼女と、何かがずれて違和感を感じるのだ。
「なら、彼にあげればいいだろう?」
「そのようなことをすれば、私は何億、何兆の人間にあれを渡さなければいけないのかしら?」
彼女が未だに生き永らえている理由に、この平等さがある。アンヌは敵であろうと味方であろうと、人間の蘇生を目的とする者にあの石を渡したりはしない。
かつて一度だけ、彼女は味方の為にあの石を使い、手痛い代償を払った。
自分、楓享夜の為に。
それから、彼女は石を「人間を蘇らせる為」に渡すことは無い。
「……彼の場合、該当しないようだネ?」
「ええ、リョク君は『死ぬかもしれない』だから。まだ死んでいない、そして命を狙われるかもしれない。だからいいのよ。それに彼の場合、石はただの御守りにしか働かないのだから」
屁理屈を吐いたアンヌは足を止め、じっと前を見据えた。享も足を止めるが、いつものように前方に何かがあるようには見えない。
変わらない、雑木林の道が広がっているだけだ。
そのとき。
ざっ、
「……………………!!」
木の葉が裏返るように。
二人が立った場所から先に、紅葉の道が広がっていた。この世界はまだ夏なのに。
アンヌは臆せず碧から緋へと踏み出す。享冷や汗を拭いつつ彼女のあとをついていく。
やがて、変わらない木造建築の日本屋敷に辿り着いた。
「あら。早い」
縁側に座る女性は、驚くこともなく、二人を見て微笑む。
訪ねると連絡した訳でもない。
アンヌは目尻を下げて、頭を下げた。
「お久し振りです、師匠」
「堅いところは相変わらずなのね」
女性は二人分、盆に乗った湯呑みを差し出す。
「お座りなさい、二人とも」
躊躇いなく、二人は腰を下ろした。