始 『With whom do you want to live?』
はじまりは、たった一瞬のことだった。
「れーいさーん」
「おー」
横断歩道の向こうの男性に手を振ると、彼はいつものように手を振り返してくれた。
信号の向こうで待つ彼は、名前を水梨礼さんという。私の幼なじみ。個人的主観では、特別格好いいというわけではないと思う。でもそう言うとほぼ確実にぶたれるから言わない。
私と同じ大学に通っていて、時間が合えば遊びに行ったりすることはある。とは言っても、学科が異なっているから、毎日毎日会えることはないけれど。
今日は時間が合ったから、講義が終わったあと、校外で待ち合わせをして昼食を取ろうということになっていた。
信号が赤から青に変わるのを見て、私は白と黒の横断歩道を歩き出す。
そういえば小さい頃、白いところだけ選んで歩く遊びがあったなあ、などとそんなことを考えていた、そのとき。
礼さんが何かに気づいて、私の名を呼んだ。
何?
思わず足を止めた。
私がそれに気づいたのは、音ではなく、風だった。
体の右側に感じるなぜか重い、風。
見ると一台の乗用車が、私の立つ交差点に向かって走ってきていた。
走り来る車は速度を落とすことをしない。
信号を見ていない。
――私に気づいていない。
私の眉が寄る。
けれど悲鳴を上げるほどの余裕はなく、足が竦んで逃げることもできず、私はただそこに立ち尽くす。
礼さんが何かを叫んで、横断歩道を駆けて来る。
名を呼んで、私のもとへ手を伸ばす。
しかしその手が私に届くことはない。
『それ』が訪れるのは礼さんが私に触れるよりも早く、
私はただその轟音を聞いて、
そして、
――お願いよ
いつか昔に聞いた声が、頭の中に響いて消えた。
……けれどそれが、誰のものかを思い出せない。




