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魔王の天敵〈歩〉  作者: 鈴木タケヒロ
20/24

〈歩〉⑲

 第二十部は魔王の天敵〈歩〉⑲として書かせていただきました。

 勇者一行は城下町に向かって出発します。

 勇者一行が出発する日。

 タクは「送って行こうか」といつも通り訛りながら訊いてきた。

 しかしその親切心を踏みにじったのは女子二人だった。二人ともほぼ同時に「遅いからいいわぁ」と言うのだった。

「タクにはガイアの町への行き帰りをしてもらったけど、正直自分でバンくんに乗って行った方が速いしぃ~」

 ミサの言い方はちょっとギャル風だ。

「皆が乗ったから一緒に乗っていたけど、あんなに遅いと思わなかったわよ? だってあんなに遅くなかったらあんなにたくさん魔獣と戦う必要も無かった筈だもの。もううんざりよ」

 エメラは怖いもの知らずな言い方。それで相手を怒らせてしまっても文句は言えないだろう。言うだろうが。

「二人とも! クニシゲさんは病み上がりなんだ。タクの好意に甘えておこうよ」

 ガクトはクニシゲの体をいたわる。そんなガクトに感動するクニシゲ。

 しかし、ミサとエメラには関係ない話の様だ。労わるという言葉なんか聞いたこともない、という風に。

「女とはのう……恐ろしいもんなんじゃ……。昔のう」

 そう語り始めようとしたクニシゲを遮って、既にバンくんを出していたミサは、行きましょう、と言うのだった。

 こうして勇者一行は世話になった果樹園を後にした。

 

 一行がその高速の足を止めたのは進行方向から何台もの馬車を引いた一団が横一面に進行してくるからだった。ガクトとクニシゲ、エメラはその足からそれぞれ聖力と魔力を解いて、一団の前に立ち塞がる。ミサもバンくんから降りてきた。

 急に目の前に現れた人間たちに驚く横一面の一団。

 彼らに対して口火を切ったのはエメラだった。

「あなたたち、そっちの方から来たってことは城下町にでも行っていたの?」

「あ、ああ……俺らは行商人の集まりで、急に食料やら武器やらが必要になったとかでわざわざ地の国から来たんだよ。それにしてもおたくら……なんだい? 急に目の前に現れたかと思ったら、空から女の子も落ちてくるし……」

 話している男は茶色の短髪に腰には剣を差している。身体もがっちりとしていて、騎士だ、と言われた方が納得できるような風貌だった。

「俺たちは今から城下町へ向かうところなんです」

 それを聞いた男は、

「やめとけ、やめとけ! あんな所行ったら気が狂っちまう。それにおたくらも生きて帰ってこれるかわかんねぇぞ」

 その言葉の真意はこういうことだった。

 今から一か月半前、火の国の国頭カグツチは民衆に過剰な税を求めだしたのだ。カグツチは人権派で名が通っていて、少しの増税なら耐えられる民衆も月収の半分も持っていかれては反抗せざるを得ない。「国頭を出せ!」「この国はどうしてしまったんだ!」そんな言葉ばかりが国中を覆いつくしてしまったらしい。しかしそんな反感など意に介さず、カグツチは、民衆は私のためにあるべきだ、などと言い出して、騎士たちを利用しだしたのだ。それからは国軍と民衆の大衝突。

 口喧嘩ならまだしも、手を出し足を出し武器を持ち傷つけ合ってしまった。軍も民衆も既に満身創痍だった。城下町に元いた人口は四千八百人。今ではその数は半分以下になってしまっていた。

 この話を聴いていたガクトやミサ、エメラはショックを受けてしまっていた。これから向かう先は反乱の地。そんな人々の衝突をはたして自分たちに止めさせることができるのだろうか、と。しかし、一番ショックを受けていたのはクニシゲだった。

「そんな筈は……そんな筈は無い! あやつはそんな人間ではない!! あやつは……あやつは…………」

 その落ち込み姿に違和感を抱く三人。そして行商人の男。

「クニシゲさん、どうなさったんです? そりゃあ、城下町の人たちが犠牲になってしまったのは悔しいですけど……」

「そうよ。そんなに落ち込まなくても、私たちがこれから町を救いに行くんだから」とミサ。

「違うんじゃ……」

 聴き取れない。クニシゲが何を言ったのかを知りたいという衝動に駆られる。

「今なんて言いました?」

「違うんじゃよ! カグツチはそんな男ではないんじゃ! わしは知っておる。あやつは思いやりがあって義理堅く、誰からも愛されるそんな男じゃ。争いだって好まん……」

 

 クニシゲは昔、カグツチがまだ国頭になる前に世話になったことがあった。それは旅の途中で腹も減っていて、これからどうしようかと考えていた時だった。カグツチはそんなクニシゲを見つけて、家に来ないか? と誘った。それから二人は意気投合して三日三晩騒いだらしい。その後、クニシゲが何か俺にできることはないか? と問うと、カグツチはそんなことはこの三日間で楽しませてもらったことで充分だ、と笑ったのだった。

 

 その話を聴いてしまうと、カグツチはなんとも懐の深い男だと思ってしまう。カグツチを非情な人間だと思っていた三人や行商人の男はクニシゲの証言にやられてしまっている。

「じゃあ、カグツチさんにも何かがあったって……こと?」

 皆の言葉を代弁してくれるエメラ。

「そうに決まっとる。早く助けに行ってやらんと!」

 クニシゲの熱い姿を見るのは初めてだ。

 いつもはとぼけた感じで、でもいざとなれば頼りになる。クニシゲはガクトやミサの保護者的な立場だったのだ。

 そんなクニシゲが熱くなっている。周りの誰も見たことのなかったその姿は三人を奮い立たせる。

「……行きましょう! カグツチさんを、町の人たちを救いに行きましょう!!」

「そうね、クニじいのためにも助けてあげないとね」

 エメラだけはニュアンスが少し違って、

「私は長剣が欲しいわ。柄も作って使おうと思っていたけど、そこに武器の商人がいるのなら買った方がよっぽど良い剣を手に入れられるからね」

 口々に決意を固めた後、エメラは商人から長剣を買い取った。その剣はやはりエメラの身長よりも長かった。そのせいで商人には疑われてエメラは怒ってしまうのだった。

 行商人の一団が地の国の方へ帰っていく後姿が小さくなったのを確認してから城下町の方へ向き直った。そしてガクトとクニシゲは足に聖力を集中させる。エメラは魔力を足に纏わせる。ミサはバンくんを出してその背に乗って空へと飛び上がった。

 一行はこれまでよりも急いでいる気持ちで城下町へ向かった。


 城下町に着いたのは丁度正午という昼時だった。ここまで来るのに三十分程で着いたのだ。

「着いたね。私初めて来るわよ、ここ。五年も火の国にいて踊り子なんて職業をしていたけど出張なんてのも無くて、今日が初めてよ」

「俺もそうだよ……俺は生まれてからこの国にいるけど初めてだ」

「でっっっかいっ塀ね! こんなに厚い岩を使って城壁を造っている国となんか戦いたくないわね」

 皆口々に初めて来た場所、見た景色に関して感想を言う。

 入るぞい、と、クニシゲは冷静だった。

 三人もそれに続く。

 

 その厚い城壁の内側に広がっていた光景は――。中に住んでいる筈だった人々は――。

 全てが空想上の景色に見えたのは、なにもガクトだけではなかった。

 読んでいただきましてありがとうございました。

 今回は勇者一行が出発し、その途中で出会った行商人の男に火の国の国頭カグツチが城下町での反乱の原因だという話を聞かされる。一行はカグツチをも救うべく城下町へ向かった。


 次回は城下町にてと言ったところです。

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