第八話「俺の嫁」
※改稿済み(2017/3/27)
ドアの先に見知らぬ少女が立っていた。
その子はマリーでもメアリーでもない……初めて見る少女であり、魔術師然りとした衣装を纏っていた。魔女のような尖がった帽子を深くかぶり、その手には淡く光を放つ杖を握っているのだ。誰なんだろう?
彼女が握る杖の明りが、帽子で影になっていた素顔を鮮明に照らし出す。
瞳が宝石のように青く、髪も青い。鼻が低めだけど、綺麗に整った顔立ちで美少女なのは間違いない。多少は警戒したが、美少女と理解した瞬間には、お約束の展開を期待し恐怖はなかった。
「え、えっと、君は誰かな?」
美少女は内股で、震えた声を発した。
「……わ、わたしは……ド、ドロ……」
泥棒なのか? その可能性も十分にある。この家には金になりそうな装飾品が山ほど飾られているからだ。少々警戒しようと思った矢先、美少女の影からマリーがひょっこり姿を現した。
「パパっ! 良かった。起きてたんだね」
「あ、あれ? マリー?」
「うん、パパに大切なお話があって来たんだよ」
マリーは、にぱーっと微笑む。
「で、そちらの子は一体、誰なんだい? お客さんなのかな?」
泥棒って言ってたけど……違うよね。
「パパ、あのね。この方は魔法ママのドロシーさん。パパの将来のお嫁さんだよ」
「えっ!? 僕の?」
「うん、そうだよ」
泥棒どころか、俺の将来の嫁のようだ。
てことは……彼女も未来人なのかな?
「パパ、家の人が起きたら面倒だから、あまり大きな物音立てないでね」
「うん、わかったよ」
マリーはそう言うと、そーっと静かにドアを閉め、俺のベッドの脇にぴょこんと飛び乗った。
「魔法ママも遠慮なくパパの横に座りなよ」
「あ、はい、なのですっ!」
俺の将来の嫁の名はドロシーというのか。そのドロシーが緊張した面持ちで、俺の方へと歩みを進めた。その途端、
部屋の中に、大きな物音が響き渡った。
ドロシーが椅子に足を引っ掛け、前のめりに激しく転んだのだ。
おいおい……大丈夫かよ……と、思いながら俺は転んだ彼女へ、手を差し出した。
「大丈夫かい?」
「あ、はい……ごめんなさいなのです」
近くで見ると人間離れしているような美少女だ。と、いうか……人間とは身体的特徴が、やはり微妙に違う。転んだ拍子に髪の隙間から露わとなった耳の先が、多少尖がっているのだ。
彼女は頬を赤く染め、上目遣いで俺をじっと見つめてきた。
しかもその瞳をうるうると潤ませてもいた。
「お、王子……王子なのですね……わ、わたしは……ドロシーなのです」
そう名乗る彼女はどこかとても悲しげだ。そしてめちゃくちゃ可愛らしかった。
でも……嫁にしては随分と若い子なんだな……中学生ぐらいにしか見えないぞ……。
精神年齢29歳にもなる俺の属性はロリ属性なのか? そんな自覚はまったくなかったが……。
「魔法ママ、大丈夫?」
マリーも駆け寄って来た。そしてマリーは静かにしてね、と言わんばかりに口に指を当てた。
ドロシーが涙目になった理由は転んで痛かったからじゃなかった。未来で死んでしまった俺に再会できた喜びの涙だった。
俺達は三人並んでベッドに腰かけた。俺が真ん中に座っている。
そして気持ちが落ち着いてきたドロシーが俺に微笑みかけた。
「王子の元気な姿が見れて嬉しいのです」
「あ、いや……こちらこそ……」
「もう、パパったら……そっけないよ……もっと緊張をほぐしてよ」
マリーが言うように俺も緊張してた。
お見合いでもしてるかのように……ぎこちなかった。
するとドロシーが、
「ごめんなさいなのです王子。王子にしてみれば、わたしは初対面なのでした……」
「ううん……僕の方こそヘンに意識しちゃって……強張ってたかな……なーんてね?」
「うん、パパ。その調子だよ!」
で、ここからが本題のようなのだ。彼女達は俺にあることを伝えに来たようなのだ。
そう……未来の話だ。しかもこの時代に滞在できる時間がもうあまりないという。
なので、マリーから聞かされていたところまで、俺はドロシーに伝えた。
「で、……僕は殺され、家族も殺されちゃうんだよね?」
「はい、そうなのです……」
「でも、なんで僕は殺されちゃうの?」
「わ、わたし達にも分からないのです……ただ……」
俺や未来の家族が勇者達に殺された理由は、ドロシーにも分からないようだ。
それでも、違う未来があってもいい。そんな想いで未来で起こった惨劇を俺に伝えに来てくれたようだ。
「あのねパパ、未来の魔法ママは、マリーの世界では希望の星なの。家族のほとんどが殺されちゃった未来なんてパパに想像できる? とても辛いんだよ。でも、魔法ママはけして諦めなかったの。そして――時を操る魔道具の開発に成功して、やっとの思いでマリー達はここまで来れたんだよ。マリーの中で魔法ママは、時を操る大賢者のような存在なんだ」
彼女達が必死の想いで、この時代に来たことが容易に想像ついた。
俺は小鼻を掻きながら、彼女の名を呟いた。
「ドロシーだっけ?」
「はいなのです王子っ!」
とても嬉しそうだ。
「その若さで、魔術師だなんてドロシーって凄いんだね」
「あ、あわわ……いえ……わたしは……」
もじもじしてる……なんだか可愛い。
「え、えっと……わたしは王子よりも遙かに年上なんですよ」
「あれ? そうなの?」
「あ、はい……わたしの年齢は300歳越えてるのです……」
「え? ええっ? そ、そうなの……?」
ほえぇぇ……とてもそうは思えないが……。
「わたしは純粋な人族ではないのです。魔族の血が混ざっているのです」
じんぞく? ああ、人間のことか……しかし、魔族がいる世界なのか。
「じゃあマリーも魔族の血を引いているのかな?」
「い、いえ……マリーのお母さんは……わたしじゃないのです。殺されてしまったのです……未来で生存確認できた家族は今のところマリーだけなのですよ」
「そ、そうなんだ……」
なんだか勇者が悪者に思えてきたぞ……。
「で、王子。もうあまり時間がないので簡潔に話しますが、本来、時間軸に干渉するような魔術や魔道具は禁忌とされているのです。でも……わたしは王子が元気でいてくれる未来が欲しかったのです。わたしの欲で禁忌を侵し、マリーと一緒にこの時代にやって来たのです」
つまり要約すると、俺が未来で殺されないように、彼女達は俺に警笛を鳴らしに来た訳だ。しかもこの時代の俺が生き伸びても、彼女達の時代の俺が生き返る訳ではないようだ。
そこにはリスクしかない。禁忌を侵しても、彼女達の世界は何も変わらないのだから。
俺もいい加減……クズを卒業しないとだな……。
何でもない日常にこそ幸せは隠れているものなのだ。過去の俺はブサメンを理由に人生そのものを放棄し、逃げ続けてるだけのクズだったのだ。
人生をやり直したい。やり直すからには――――本気で生きる。
得体のしれない大きな力が、俺にそうしろと告げているような気がした。
「ドロシー、教えてくれないか? 僕は何をするべきなんだ?」
「王子とこうしてお話してる時点で、既に王子の歩む道標に変化が訪れたやもしれません。ですが、あんな未来だったら……でも……」
どうしたのかな? ドロシーは話すことを少し躊躇っているようだ。
「魔法ママどうしたの? 召喚勇者のこと話さないの?」
マリーが少し不満げに抗議した。
「この時代の王子の人生を束縛することに、なりかねないのです……」
「で、でもね。魔法ママ……マリーはイヤだよ……パパに元気でいてほしい。だって、マリー達がこの世界に来た理由は、パパに幸せになってもらう為じゃなかったの?」
「そ、そうなのです。王子にずっと元気でいてほしいのです」
「だよね! だったら早く話さないと……もう時間が……」
ドロシーの話によると、召喚勇者の中に一人だけ金髪の男がいるらしい。
そいつが俺の家族を直接、殺めたそうだ。しかもその金髪には、後方支援する優秀な聖女が付従っているらしいのだ。
「ええっと……そいつらの名前はなんていうんだ?」
「……あ、はい? 名前ですか? マリーなんでしたっけ?」
「わ、わかんないよー。みんな金髪勇者って呼んでたもん……」
あらら……そこって重要じゃないの……? 金髪なんてありふれているぞ……。
「ええっと……たしか僕が殺されるのは二十歳の頃だろ? 僕は今7歳だから、これから13年後で間違いないよな?」
マリーに確認した。
「うん、そうだよ」
「つまり、その時期に注意を払ってればいいのかな?」
マリーがドロシーに視線を飛ばし、
「そうなの? 魔法ママ?」
「その時では遅いかもなのです……」
「じゃあパパは、どうしたらいいの?」
「強くなって貰うしかないかもしれないのです……」
「でも、パパって……イケメンをいいことに女の子のケツばかり追っかけてたんだよね?」
「そ、そうなのです……困ったさんなのです」
ドロシーは遠慮がちに、そう締めくくった……。
そうなのか……俺は女遊びに目覚め、日夜遊び回っていたのか……。
金に苦労することもなさそうだし……ダメなパターンだ。
「パパ……そろそろ時間切れかも……」
「えっ? もう?」
「うん……」
「魔法ママの魔力が尽きちゃう……もうすぐ元の未来に強制送還されちゃうよ」
「もう会えないって意味なのか?」
「うん……そうだね……パパ……」
何だろう……この喪失感は……凄く寂しいぞ、おいっ!
マリーとドロシーも凄く寂しそうだ。
「マリーも魔法ママもずっとパパといたいよ。でも、そうもいかないの」
ドロシーも小さく呟いた。
「王子……わたしの手を握ってくれませんか?」
俺はドロシーとマリーの手を強く握り締めた。このまま、この世界に留まってほしいという想いも込めて。
「王子……ありがとうなのです。ドロシーは幸せ者なのです!」
ドロシーが儚く微笑んだ。すると、二人の身体が徐々に半透明になっていった。
「パパ、会えてとても嬉しかったよ」
「王子、どうか幸せになってくださいなのです!」
ひゅ……っと、二人の姿が消滅した。同時に二人の温もりが消えた。
呆然とした。心の底から寂しさが込み上げてきた。
「俺、頑張るよ」
もう、この場にいない二人に呼びかけるように俺は一人、呟いた。
「コンコン」
まただ。また誰かがドアをノックしているぞ。
喜び勇んで俺はドアを開けた。二人がまた未来から戻ってきたと思ったのだ。
すると、そこには眠たそうに目を擦るメアリーがいた。
「ルーシェ様、誰とお話してるんですか? ぼそぼそと声が聞こえたような気がしましたが……」
「あ、いや……誰もいないよ?」
メアリーがキョロキョロと、部屋の様子を窺う。
俺はポリポリと頬を掻いた。
「ルーシェ様……メアリーは睡眠の続きをとってきます」
メアリーはそのまま、ふらふらと俺のベッドに潜り込む。
きっと寝ぼけてるんだろうな。なんだか癒されるな。
「ルーシェ様、おやすみなさい」
メアリーが気持ちよさそうに寝息を立てはじめた。
その寝顔はそこはかとなく可愛かった。
暖炉の前にソファーもあるので、俺はそこで丸くなって寝たのだった。




