第三十話「湖畔にて」
※改稿済み(2017/4/15)
ドロシーに連れられ、城の裏手にある断崖絶壁まで案内された。
日も沈み夕日を照らしていた湖畔に月が揺らめいている。その月は過去に見てきた月と何も変わることもなく、この世界が知らない世界であることを忘れ去りそうな想いに駆られた。
ドロシーはここから眺める星空がとても好きらしい。ひょっとして北斗七星があるのではと、考えてみたものの、星座の知識も疎く、どの季節に何が見えるのかも分からないので探すのはやめにした。
それでも、ドロシーのお気に入りの場所か。そんな場所に案内してくれるということは、多少は警戒を解き、気を許してくれてるのかもしれないな。
俺達は俺を中心に並んで座った。
そしてドロシーが星空を眺めつつ、ぽつりと呟いた。
「王子は魔逢星をご存じですか?」
「うん、ちょっとぐらいは聞いたことがあるよ」
そう確か魔逢星とは千年に一度の周期で、この星に急接近する彗星のことだ。
彗星が飛来したその時――邪神が地上に復活し埋め尽くすほどの魔神の大群が大地を跋扈すると語り継がれている。
世界は闇に覆われ、闇の種族の者達は邪神の支配下に置かれ、世界の秩序が崩壊。破壊と混沌が渦巻く大災厄に見舞われる。かつて千年前に実際にあった出来事あり、歴史でもある。また今ではそれを予言したような本も多く、ある種の黙示録とまで言われている。
とはいえ、シャーロットのように千年以上、生き続けているエルフ族にとって、それは歴史ではなく実体験であるのだが、寿命が短い人族からしてみれば何世代もかけて、語り継がれてきた歴史である。
俺からしてみれば織田信長の時代ですら歴史というよりも物語色が強い。
ゲームやアニメなどのサブカルチャーの影響を受けたからかもしれないが。
また話が少し遡るが、俺の両親は北方のユーグリット王国へと旅立っている。
ユーグリット王国は千年前に邪神が降臨したとされる大地であり、その衝撃で巨大な大空洞が出現したらしいのだ。その痕跡は今でもあるらしい。つまり、両親はユーグリット王国との親睦も兼ね、大空洞の調査に向ったのだ。そう考えると心配にもなってくるな……。
しばしの沈黙の後、ドロシーが静かに言葉を発した。
「竜王様は千年前、魔を退け、人族と共に邪神に立ち向かいました。わたしもその時代のことは存じませぬが、それは鮮烈を極めた戦いだったと聞き及んでいるのです」
竜族である竜王様もエルフ族同様に長寿なんだな。しかも千年前の決戦には竜王様も参加していた。叙事詩などでは六英雄の存在が目立っているが、その英雄達を影で支えた英雄達もいるのだ。
ドロシーはさらに話を続ける。
「それなのに……どうして人族の為に命をかけて戦った竜王様が、こんな酷い目に遭うのでしょうか? 勇者が偉いのですか? 勇者が正義で魔族が悪なのですか?」
竜族や魔族が悪なのか?
そこは置いとくとしても、しかしながらこの世界は人族至上主義の色が濃いらしい。
ドロシーがいたたまれない表情でそう言った。
ゲームやアニメでも勇者が正義で、魔族が悪という図式は多い。だからと言って俺はそうは思わない。ブサメンで虐げられてきた俺だから、その辺は理解しているつもりだ。
生まれたことが罪じゃないのだから。
しかし、現実問題。この世界は太古の時代より、圧倒的なマジョリティを誇る人族は他の種族を迫害して来たようだ。
その風潮は今では緩くなっているものの、人の心の根底には今でも根付いているのかもしれない。人は理解できないモノに恐怖心を抱く。その結果、闇の者達を拒絶し迫害して来たのだろう。
ドロシーの瞳から涙がぽたりと零れおちた。
「心優しき竜王様は人族を心から愛していらしゃいます。それなのに……あんまりなのです」
ドロシーの話を聞けば聞くほど、この世界の闇を知ったような気がする。
「ドロシーさん、元気を出してください。ルーシェ様がきっとこの世界の何かを変えてくれますよ」
メアリーが優しくドロシーにそう言った。ドロシーは小鼻から垂れる鼻水を啜り、俺を見た。そして、そっと小さな声で彼女は呟いた。
「ごめんなさいなのです……」
愚痴ぽくなったのを気にしたのだろう。
俺に出来ることはなんだろうか。
ドロシーの気持ちを少しでも和らげてあげたい。
彼女の背負っているものを、俺も一緒に背負ってあげたい。
未来の俺も同じ気持ちでいたに違いないのだ。
ふと、メアリーに視線を向けると、彼女もハンカチで涙を拭っていた。
この手の話にめっぽう弱いのだろう。俺も苦手な方だ。
しかしだ。
ドロシーの話を聞いて、俺は目が覚めた思いだ。
郷田が死んでほっとしていた俺がいた。無論、やり場のない違和感もある。
でも7歳で天才魔術師。それに満足していた。魔術に関する記憶は日々蘇るのだが、日常生活のことに関してはさっぱりだ。それでも満足していた。生活に支障はないと考えていた。知らぬ間に過去の怠惰が滲み出て来てたのかもしれないな。
打ち明けるのに良い機会じゃないだろうか。ドロシーが未来から来たことを。
メアリーもマリーのことは覚えていなかった。家族全員がそうだった。
だから俺も口を閉ざしてきたのだ。
でもさ――――俺は忘れてないだろ? マリーとドロシーのことを……その存在を。
打ち明けるべきか悩んでいると、ドロシーが疑問を投げかけてきた。
「そういえば王子、どうして竜王様を尋ねて参ったのですか?」
未来の嫁に会いにきたのさ――――
心の中でそう返事しつつも、公式訪問でもないし、暗殺でもない。
ドロシーの脳内は『???』なんだろうな。
表向きの目的は、郷田達の襲撃時の状況確認や、竜王様とミッドガル王国との関係が悪化しない為の方策を模索することなのだろうが……少なくともウルベルトはそう言った考えの下で賛成した。
でもな――――
なんか違うよな。
ドロシーは未来の俺の嫁なのだ。
家族なんだ。
見えない絆があるのだ。
たぶんな。
悩んだ末、俺は結論に至った。
二人に打ち明けることを決心したのだ。




