第二十九話「対話」
※改稿済み(2017/4/15)
竜王城の城壁から俺達に声をかけてきた少女は、『俺の嫁』のドロシーで間違いなかった。
黒のとんがり帽子に黒のローブ。そのローブの上に外套を纏っていた。
そうあの日、未来から来たドロシーの姿、そのまんまだった。
「旅のお方。竜王様は只今、療養中にて今は何人たりともお目通りすることができません。申し訳ないのですが、諦めてお取引ください」
ドロシーが通る声で淡々と俺達にそう伝えた。
やはり懸念していたように、竜王様には会えそうにない。
しかし、俺の目的はドロシーに会うことだ。目的という意味では達せられたのだが、このまま帰っても意味がない。
そんな風に考えていると、メアリーが俺の判断を仰ぐように尋ねてきた。
「ルーシェ様、やはり竜王様は大怪我されてるようですよ。ここは一旦引きあげますか?」
「う~ん……そうは言ってもねぇ……」
ドロシーの元気な姿が見れてほっと安堵したものの、このまま帰るのは味気ない。
話せるなら彼女ともっと話がしたい。とはいえ、丁寧にお断りされたのだ。相手が拒絶している状況では会話も成立しない。ここはメアリーの言うように日を改めるべきなのかな? 無理強いしてヘンに嫌われたら後の祭りだし。
そう決断し帰ろうとした途端、ドロシーに呼び止められた。
「ちょっと待ってください! 今、そこの女性の方、ルーシェ様と呼ばれましたか?」
随分と耳がいいのかメアリーの呟きが、ドロシーの耳まで届いていたようだ。
そしてドロシーの瞳が真っ直ぐ俺を見据えていた。
「もしや、あなたはミッドガル王国の王子ではないのでしょうか?」
彼女が俺のことを知っている? 初対面だと思うんだけど?
一応、大国の王子だし有名ってことなのかな? 嘘をついても仕方がない。見破られてしまったのなら正直に名乗ろう。
「そう、僕は君が言うようにミッドガル王国の第七王子、ルーシェリア・シュトラウスだ!」
多分……第七だったはず。そこはどうでもいいのかもしれないが。
「やはりミッドガル王国の王子でしたか。では、そちらの女性はさしずめメアリーなのですね」
あらま……ドロシーはメアリーのことまで知っているのか。でも何故? メアリーはドロシーのことは噂程度でしか知らないはずだ。
メアリーも訳が分からないという意味で、首を振って俺に返事した。
でもドロシーが俺達のことを知っているなら話が早い。そう思ったのだが、彼女は警戒したように声を張り上げた。
「さては……旅人に扮装し、竜王様を討ちに来られたのですね! そうはさせません。このドロシーが正々堂々とお相手させて頂きまする!」
……何なんだ? 俺達を刺客と勘違いしちゃったのか? 参ったな……。
「やるならやるなのですよ! 王子が魔術を得意としてるのは知っているのです! さあ、かかってくるのですよ!」
そう言ってドロシーは真顔で杖を空に翳した。マジでやり合うつもりなのか……溜息が漏れそうだ。しかし気持ちも分かる。恐らく俺達だけではなく、ここに訪れる全ての者を警戒してるに違いない。だが、戦いに来た訳じゃない。誤解なのだ。ちゃんと事情を話せば分かってくれるはずだ。
「僕は君と戦うつもりはない。だからまず、話を聞いてくれ!」
「いやのなのです! 聞く耳はないのです! 戦うのです!」
そう言う彼女は口をへの字にし、瞳は涙で濡れていた。
「くやしいのです! 負けっぱなしはイヤなのです!」
そうだよな……何も知らず招かれて不意打ちを受けたのだ。何も悪いことはしてないもんな。
「ルーシェ様……ここは一旦……」
「ダメだよメアリー。もう帰れなくなった」
「ま、まさか本気で戦うつもりなのですか?」
「ち、違うよっ!」
この身体の7歳以前の記憶はないが、ドロシーは俺達のことを知っていた。何故だ? メアリーに尋ねてもやはり心当たりは無い。ならばそこに何かしらの突破口があるはずだ。
だから俺は城壁の上で気を張るドロシーに尋ねた。
「君はドロシーだよね。僕も君のことを知っている。知っているよ! でも……記憶がないんだ……良かったら教えてくれないかい? 君はどうして僕達のことを知っているんだい?」
するとドロシーは、静かに翳した杖を下げると、
「あの日……王子が卒業した日。わたしもあの場にいたのですよ」
なるほどな。俺は3歳の時に王都を離れ、魔法都市エンディミオンにある魔法学園に7歳まで留学していた。しかも首席で卒業しているらしい。魔法学園だ。魔術師のドロシーがそこに居合わせたとしても何ら不思議はない。
一般人に扮装して来たことが、かえって仇となったに違いない。刺客と誤解されてもしょうがない。謝罪なら正装だろうしな。でもな……実際ただの誤解でしかなく、それ以上の何者でもないのだ。
「君が僕達を刺客と疑うのはもっともだ。だが……僕達は刺客なんかじゃない!」
「でしたら、それを証明することができるのですか?」
証明か……そうきたか。しかしこの場で何をどうやって証明したらいいんだ?
無論、武器など持ち合わせてないが、魔術師の俺がそう言ったところでさして意味がない。困ったな……。
困ってる俺にメアリーがアドバイスをくれた。
「竜王襲撃の一件の詳細を真摯にお話しされてみてはいかがですか?」
「あっ!」
そうだ。ドロシーや竜王様の立場から物事を考えれば、何故襲われたのかも理解不能なはずだ。流石メアリーだ。冴えてるよ。
こうしている間にも時間は刻刻と流れ、日が沈み始めていた。
俺はメアリーが言うように今までの経緯を誠意を持ってドロシーに伝える。
全てはフィルの決闘の申し込みから始まり。
竜王様を襲った4人のうち、郷田と骨山がウルベルトの手によって処刑されたこと。
清家と間宮は牢に繋がれていること。
彼らに命令したシメオンが毒殺されたことを話す。
知り得たことを包み隠さず全てを話し終えた。
未来から来たドロシーは聡明な子に感じた。若干ドジっ子な印象も受けたが、俺はそう信じている。
「王子の話。理解に至りました。つまり今回の一件は法王庁の陰謀であり、ミッドガル王国としては一切関知していない。そう言いたいのですね」
王国にまったく責任がないと言ったつもりはないのだが、ドロシーはそう解釈したようだ。
しかし国王が命令した訳でもなく、郷田にその指示を与えたのはシメオン司祭。そのシメオンにしてもミッドガル王国に仕えている司祭では無い訳だし……う~ん。
ミッドガル王国に落ち度があるとしたら、シメオンを飼いならせずに野放しにしていたことだろう。
ヤツの立場は他の会社から出向して来た社員のような感じで、我が国の正規の社員ではない。
ドロシーの耳が水平になり、ぴくぴくと動いた。
「竜王様とのお目通りは叶いませんが、わたし個人としては、王子のお話をもっと伺いたいと思います」
ドロシーはそう言うと、城壁よりふわりと飛び降りた。
「良かったですね。ルーシェ様? 念願の小さき魔術師さんにお会いできて?」
「あ、うん……そ、そうだねって……なんでメアリーは僕をそんな目で見るんだい?」
「さあ、私にも分かりません。ただ……ルーシェ様がやけにドロシーさんに固執してるようですので……」
「そ、そうなの?」
「そうですよっ!」
ドロシーが俺達の方へと歩いてきた。
「竜王様は今回のことで心を痛めておいでです……」
そう語るドロシーの瞳は悲しみに溢れていた。




