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迷子

 今日はエオンからの帰りということもあって、いつもと異なり、幸町の交差点で愛美は部活の仲間と別れ、緩やかな坂を自転車で駆け上っていった。

 十一月も中旬に入ると、日の入りが急に早くなり、まだ午後6時を少し過ぎたばかりというのに太陽はすっかり沈んでしまって、街灯と往来する車両のライトが町を照らしていた。

 日中はそうでもなかった空気も、太陽の力を失うと凍えるように冷たく、いよいよ冬の到来を予感させるものがあった。

 このペラいジャージだけじゃ無理だな、と思いながら自宅に差し掛かる。

 門の前に二つの影が玄関の光に照らされ見えた。目を凝らしてみると、母の陽子と弟の隼人がそこいる。


「どうしたの?」


 と声を掛けたが、振り向いた二人の顔を見て、大変なことが起きたのだとすぐに覚った。

 陽子は携帯電話で誰かと深刻な表情で話していたし、隼人は目を真っ赤に腫らし、溢れてくる涙を何度も何度も擦っていた。


「真琴が……、真琴が……」

「真琴がどうしたの?」

「お、俺がしっかりしてないせいで……」

「男なんだから泣かないの。真琴がどうしたての?」

「真琴が迷子になっちゃったんだよ」

「……」


 隼人は泣きじゃくってまともな説明ができないために、代わりに陽子が状況を話し始めた。

 明日という日はクンタを新しい飼い主に渡すという日となっていた。最後ということで、隼人と真琴はいつもより時間を掛けて遠回りし、囲護台を抜けて郷部大橋の近くまで歩いてきていた。そこで隼人は友人と出会ってから、つい話し込んでしまい、気がつくといなくなっていたという。


「ごめん、ごめんなさい……」

「謝るのはあとにしな。お父さんたちは?」


 陽子に尋ねると、陽子を連絡役として残し道子や近所の人と、それぞれ探しに行っているという。そこまで聞くと愛美は鞄を置いて再び自転車に乗った。


「隼人、後ろに乗りな」

「え、でも……」

「いいから、お巡りさんには私が怒られとく。もう一度、真琴を見失ったとこに行くよ」


  ※  ※  ※


 クンタは吠えていた。

 空に向かって吠えていた。

 空には丸い月が浮かんでいた。月の下には大きな橋が横たわり、その橋上を車の光が幾多も連なっているのが見える。空の星たちよりも眩しかった。

 あそこにはたくさんのひとがいる。

 そう考えて、クンタは吠えていた。

 クンタの周りは橋上と違ってひどく暗い。

 月の光がクンタの周りにおぼろげな形をつくるだけで、少し離れてしまうと、闇に紛れてしまって何も見えなくなってしまう。


 クンタのわずか先に、真琴が木の幹にしがみついている。

 木といっても名もわからぬ枯れた老木で、真琴の軽い身体だからなんとか堪えているに過ぎない。

 真琴の下には闇が広がっていた。

 その闇がときおりヌラリと不気味な光沢を放つ。

 月の光に反射したのは、橋の下に流れる川面の光だった。


 散歩中、中台の体育館に差し掛かったところで隼人は友人と出会い、会話が弾んでいた。

 待っている真琴は退屈だったし、クンタとの散歩もこれで最後となる。

 眼下に刈り入れが終わった田んぼや川をぼんやり眺めているうちに、少しでもクンタと一緒に遊びたい気持ちになり、長話をしている兄をからかってやれという気分にもなって、誘われるようにして下に繋がる坂を下っていった。


 そこでようやく真琴がいなくなったことに気がつき、友人と大慌てで探し始めた。

 もちろん坂の下へも探しに行ったのだが、真琴は驚かせてやろうと川辺の草むらに身を潜めていたから見つからないでいた。

 もう少ししてから出ようと考えていたのだが、その時はまだ陽も残っていて、暖かな陽射しと冷気が心地よく、柔らかなクンタを抱えて座り込んでいるうちにいつの間にか寝入ってしまっていた。

 気がつくと辺りは真っ暗となり、隼人の姿も無い。


「あれ、兄ちゃん……?」


 真琴は慌てて立ち上がると、滑りやすくなっていた土に足をとられた。

 叫ぶ間もなく真琴は小さな手で、傍の木にしがみつくのがやっとだった。


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