お父さん
「そんなことあったんだ」
隣の席で、クラスメイトの羽鳥静音が一枚の写真を眺めながら言った。写真にはクンタの姿が写しだされている。昨晩、健三郎が撮影したものだ。
「これで真琴の早起きが続いてくれれば、お母さんももうちょっと楽になるんだけどねえ」
「愛美、お母さんみたいだね」
「真琴を相手していると、お母さんの気持ちになるんですよ」
愛美のおどけた口調で机に突っ伏してみせた。静音も釣られ、笑いながら愛美に写真を返した。
真琴はクンタの面倒を見るようになってから早起きとなり、後片付けもすすんでやるようになった。
一人で散歩はさすがに危ないために隼人や祖母がついていくが、紐をしっかりと握りしめてクンタを守るようにして歩き、「まるでお姉ちゃんみたいだったよ」と祖母が楽しげに話すのだった。
――これが続けばいいけどな。
などと、愛美は考えている。歳が十近く離れていることもあって、妹というより娘に近い感情も持っている。お母さんみたいという静音の指摘も外れてはいなかった。
「……で、静音のとこはやっぱ無理かな」
「ん〜。可愛い犬だけどねえ。ウチはレオがいるから。それにレオ、意外と焼きもちやさんで、クンタと上手くいかないかも」
「そっか………」
一言で犬といっても色々といるらしい。静音なら大事に飼ってくれそうだと思っていたのだが、当てが外れて少しがっかりしていた。
ポスターでも貼り出せば応じる人も増えるだろうが、クンタの幸せを考えれば、人柄をしっかり見極め選びたい。
「どうしたの、この犬。可愛いなあ」
近くで騒いでいた篠田という男子生徒が、愛美が手にしていた写真を見つけると素早い手つきで取り上げてしまった。その不躾さにムッとしながら急いで取り返した。
「アンタには関係ない話だよ」
「なんだよ、つれねえなあ」
口を尖らせる篠田を無視して、愛美は写真を机にしまいこんだ。
篠田は席も向かいで近いせいも良く話し掛けてくるのだが、ガサツというイメージしかない。こんな男はまず対象外だ。
「俺んちは猫飼っているから無理なんだよ。わりいな」
篠田は静音から事情を聞くと、こちらから聞いてもいないのに断ってきたのには、呆れて返す言葉も無かった。
「……もうわかったから、ありがと」
「おう。他にも誰かいないか、俺からも声掛けてみるよ」
「はいはい、じゃあ頼むね」
愛美の素っ気ない態度にも篠田は屈託のない笑顔を浮かべ、任せとけと言って、他の男子グループに混ざっていった。しばらく何事か話していたが、ゲラゲラと笑い声が起こり雑談にふけこんでいる。
クンタのことなどすっかり忘れてしまったようだった。
これだから男子なんて当てになんない、と愛美は思う。猿みたいにギャーギャー騒いで、そのクセカッコつけたがる。
体だけは大きくなっても中身は小学生と変わらないじゃないか。
「男の子てあんなもんじゃないの」
「そうかもしれないけどさ、ちょっと酷くない?言ったこと、数分で忘れてんだから」
「篠田くんはまた別だから」
静音は小さな笑みを浮かべて手を振った。あきらめろといっているように思えた。
「……みんな、お父さんみたいだったらいいのに」
「愛美、アンタお父さんのこと好きだよねえ」
静音の言葉に愛美は思わずえっと声をあげた。独り言として呟いたつもりだったが、静音の耳にまで届いていたらしい。
「え、ち、違うよ。中学生なんだから、もうちょっとどっしりとした感じにって……」
言い訳すればするほど顔に熱を帯び、静音の笑みが大きくなっていく。
「まあ、愛美はいい子だからねえ。反抗期らしいこともないし。この間の作文、尊敬する人がお父さんだっけ」
「ち、ちが……」
「まあ、あのお父さんなら好きでしょうがないか」
「だから、ちーがーうての!」




