蹂躙―1
左手首を軽く捻り、指揮棒を軽く振った。ただそれだけの動作だった。
――はず、だった。
「………っ!?」
エウアーラ・ユリディークか握る指揮棒が軽やかに振られる度に、狩人の立つ地面がぼこぼこと隆起したかと思えば、次には剣闘士の足元の地面に小さな亀裂が蛇のように走る。
どうやらエウアーラ・ユリディークは、指揮棒を振ることで“何か”を地面へ起こしているようだ。
それが魔法なのか、はたまた何かの異能力と呼ばれるものなのか、狩人と剣闘士たちニンゲンにはわからない。ただ、ニンゲンふたりは異なる対応を見せているのみ。
狩人は飛んだり、ステップを踏んだりしながら、まるで地表付近で何かがのたうちまわっているかのように生じ行く隆起と亀裂から逃れて行く。
口笛を吹きながら避けつつも、エウアーラ・ユリディークに果物ナイフを投じる余裕の狩人に対し、剣闘士はただ避けるだけで精一杯だ。
「あははは、やはり“そう来る”んだねぇ」
何が面白いのか。エウアーラ・ユリディークはきゃらきゃら笑いながら指揮棒を振りかざしつつも、飛来してくる果物ナイフを指揮棒で弾いたかと思えば、右手で掴んでくるくると動かしながら、新たに飛来した果物ナイフを弾いたり、とこちらも余裕の様子を見せている。 完全にふたりだけの戦いかと思えば、時折思い出したように、エウアーラ・ユリディークは果物ナイフを剣闘士に投擲するのだ。もちろん剣闘士の方を見ずに、さりげなく。
それを剣闘士が避けようとするも避けきれるかどうか……という瀬戸際ギリギリで、狩人が投擲した果物ナイフで、エウアーラ・ユリディークが投擲した果物ナイフの軌道をそらし、剣闘士がどうにか難を逃れる。
ふたりだけの戦いが繰り広げられつつも、オマケ=剣闘士の存在を忘れてはいない、そんな戦いは、まるで先ほどのピネットと狩人の戦いを思い起こさせるものだった。
「それも、“読み”通り!」
エウアーラ・ユリディークは狩人の繰り出す攻撃をほぼ“知って”いる。狩人がどんな行動をとるか、そしてその行動をとる理由すらも、“知って”いる。
エウアーラ・ユリディークの千里眼――精度の良すぎる先読みの存在を、ニンゲンは知らない。けれども、今現在エウアーラ・ユリディークと相対しているのは“規格外”の狩人。おそらくはニンゲンの中でもかなりの上位の実力者。だから狩人は、うっすらとは「読まれていますねー?」と気づいてはいる。
ただ狩人は気づいても、それを次の手へ繋げることはできないでいた。
狩人は、実戦経験が豊富だ。実戦経験が豊富ということは、たくさんの敵と戦ってきたということであるし、またそれだけカンが鋭いということでもあるし、はたまた敵への知識も増えていくということだ。
戦って初めて相手のことを知ることもあれば、そうやって増やしていった知識と照らし合わせたり、補強していくために書物などの知識を手に入れる機会も得るし、同業者同士のネットワークで手に入れる知識もある。
狩人がそうやって得て増やしてきた知識のなかに、エルフに関する知識は言い伝えや神話などの伝聞、つまりは曖昧模糊とした情報しかなかった。
だって、エルフなんて空想上の存在に近かったのだ。狩人だって、その存在に対して半信半疑なところもあった。
だからこそ、狩人側の手札は少ない。どういう手が有効なのかさえ、わからない。
ダンジョン内で戦った死のドラゴンはまだ打つ手はあった。けれどもエルフに関する打つ手はなかった。伝承の上でさえ、欠点や戦いを示唆する描写が無かったのだから。
先ほどのピネットはまだ戦えた、表情や動作に感情がにじみ出ていたからだ。
(はて。どうしましょうか)
戦いに狂っているからこそ、狩人は現状を楽しんでいる。打つ手がわからない未知の相手、だから楽しい。
でも、それはこちら側が有利なときだけ。そう、ピネットのときのように。
今現在相対しているエルフ――エウアーラ・ユリディークは、狩人と同じ戦狂いだ、九分九厘の割合で。
狩人は、ニコニコと余裕を見せながらも、内心は穏やかではなかったのだった。




