蹂躙―2
エウアーラ・ユリディークは千里眼を持つが故に、ほぼ全てをあらかじめ知ること――予見ができた。
エウアーラ・ユリディークの千里眼は、常に脳裏に展開されている。常に一歩も二歩も三歩どころか、途方もない先まで見通す。かつて百年先の己のある日の状況まで見通したことがあるくらいに。
エウアーラ・ユリディークは未来を見通すとき、見ているときに「ああ、これはいついつで、どんな状況で」と瞬時に直感で理解している。
千里眼の未来の描写は、エウアーラ・ユリディークの脳裏にいつも展開しているのだ。
なぜ断言できるかといえば、そのようになっているのだからだとしかいえないだろう。誰も、自分がなぜ生まれてきたかと問われたら、答えに窮するだろう。つまりはそういうことだ。
そんな千里眼で、エウアーラ・ユリディークは狩人と剣闘士、そして放置のへんた……気絶中の盗賊の行動を予め見て、知っていた。
エウアーラ・ユリディークが「地操りの指揮棒」で地面をぼこぼこ隆起させたときの反応も、狩人が放った果物ナイフを指揮棒で弾くことで剣闘士にあてようとした時の狩人の対応も、ピネットと戦った時とは違い焦りを見せる狩人の様子も、ほとんど予め見て知っていた。
もちろん、最初に会ったときの狩人と剣闘士たちのエウアーラ・ユリディークへの反応だって、何もかも。出会うまえから、どのような反応をするかを「見て知って」いた。
そう、何もかも、ほとんど。だから狩人の取る行動への対処なんて、息をするように簡単だった。
エウアーラ・ユリディークは、「見て知った」通りに、千里眼の光景の自負の動作をただなぞるだけ、ただそれだけで勝ってしまう。
だから、つまらない。誰が結果がわかりきった戦いに興じることができるというのか。
だから、見えない部分、靄がかって見えない部分に期待してしまう。
実は、エウアーラ・ユリディークの千里眼は、持ち主に全てを知らせることはない。全てではなく、“ほぼ”全てだ。九割なのだ。
だから千里眼での予見では、ところどころ靄がかっていた箇所がある。その見えない箇所こそ残る一割であり、エウアーラ・ユリディークが期待し所望する“予想外”だ。
今回のニンゲンたちとの戦いは、結果だけ見たならば既に見えている。
けれどもその過程がところどころ穴が空いているのだ。その穴こそ、エウアーラ・ユリディークの千里眼の範疇の外、残り一割の予想外の箇所だ。
その範疇の外で予想外の――靄がかって見えなくなる部分は、ある前触れが起きることでタイミングが容易にわかるものだった。
――それが、ようやく来た。
狩人が、ある言葉をいう場面だ。狩人がその言葉を発したあと、エウアーラ・ユリディークの千里眼はしばらく靄がかった。つまりはエウアーラ・ユリディークの知らない、知ることができない未知の過程が体験できるのだ。
先ほどまで退屈すぎてたまらず、興奮もさめてしまったエウアーラ・ユリディークは、にわかに興奮を再開させた。
「エルフはモンスターなのですか」
と、狩人が発言した。
このあとしばらく靄がかかり、靄が晴れ千里眼が復活した頃には、エウアーラ・ユリディークは勝利を得ていた。
さあ、エウアーラ・ユリディークの所望する未来は――




