その時―2
アステリアの心は怒りに満ちていた。理不尽に対する怒りだ。
アステリアが何をしたというのだ。ただ引きこもりライフを満喫していただけというのに。
――なのに!!
(父さんのばかあああああ!!)
その煮えたぎる怒りは、まず目の前の父親に向けられる。
アステリアの目の前、ホールとアステリアの部屋の境、ドアがあった場所。頭と体を天井にめり込ませているというあまりにも馬鹿な実の父親がそこにいた。
陸にあげられた魚のように、足をじたばたする父親。
――ぷち。
アステリアの母・リンダリンダが、娘を思って細工を施した木の扉を。もっといえば、納得がいくまで何回も何回も製作した彫りが美しいあの木の扉を。アステリアのこだわりがこれでもか、とばかりに込められたあの最高傑作を、父は、父は!!
――ぷち。
「あなたがダンジョンマスターですか」
怒りに震えるアステリアに、あのニンゲンとしては規格外の討伐隊メンバーが話しかけてきた。
――ぷち。
アステリアのはらわたはさらに煮えたぎった。
「それが、何だっていうの……?」
にこやかに微笑む、中年規格外。ぽかんと口を開けてこちらを見る若いニンゲン其の一、何故か頬を染めて恥じらうヤバそうな若いニンゲン其の二。
確か其の二は魔女に色々やられて喜んでいたヤツだ。核となる姿見で散々討伐隊の動向を見ていたのだ、アステリアは其の二のおかしさを嫌というほど見た。
其の二はあれだ、変質者だ。ニンゲンの国で春先に出没するヤバいヤツだ。
討伐隊は――勝手に噂を額縁通りに信じて、勝手にアステリアを悪者と決めつけて、勝手にアステリアの住居に侵入して、破壊して。
何が討伐隊だ。何が――ぷちっ。
「あんた達に答える筋合いはないわ」
こいつらニンゲンは、わかっているのだろうか。
不法侵入、住居破壊、そしてありもしない罪を捏造して擦り付ける行為。噂をモンスターだからと疑いもせずに、決めつけて。
これだから、ニンゲンは。ニンゲンは昔から、魔物とモンスターをごっちゃに混同してる。これだから、ニンゲンは困るのだ!
自分たちの世界の常識が、果たしてモンスター側にもあるのだと知らないのだ。知恵をもって、感じる心をもって生活するのは自分たち種族だけだと思っている。
ニンゲンは、傲慢すぎるのだ。この広い世界に、自分たち以外にもたくさんの種族が生きていると、なぜそれがわからないのだ。
――ぷっちん。
先ほどからアステリアの脳裏で切れていた何かの束が、ついに全部切れた。あれだ、ニンゲンがよくいう堪忍袋のナントカだ。
血の気の多いミノタウロスの中でも、アステリアは比較的まだ忍耐強く、楽観的だった。だからこそ、力ずくで彼らを排除しなかった。本気を出さなかった。
あれだけ頭の回りそうな中年がいるんだ、過ちに気づいてくれるかもと思っていた。アステリアは争いが嫌いだ。何より、面倒くさいからだ。自分からトラブルなど起こしたくはないし、トラブルなんぞ起こすなら自ら逃げて、どこかでまた引きこもってしまった方が楽だから。
なのに、なのに。ニンゲンは、バカだ。
アステリアは討伐隊を睨み付けた。ああ、頭部が変化しなければ、変化しなければ! 牛のままだったら、スキルで瞬殺だったというのに!
アステリアの睨みに、其の一はたじろいでいる。それを見て、アステリアの溜飲が下がった。ほんの少しだけれど、ざまぁと思ったのだ。
「ぞわぞわ! 俺っちすごいぞくぞく!」
なのに、これだから変質者は。アステリアのほんのわずかだけれども、下がった溜飲はもとに戻ってしまった。
「緊張がうまく抜けましたね」
そこへ向けて、中年規格外のこの発言。へらへらと笑う中年規格外は、まるで余裕とばかりに、その腹に一物も二物もありそうな雰囲気を崩さない。ちっとも怖がらない。
「馬鹿にしてるの……」
怒りがさらに増していくのをアステリアは感じた。
「馬鹿にしてるの?!」
これは何回目の怒髪天か。
「いくわよ」
アステリアは構えた。腰を落とし、肩幅に足を開く。頭部以外、首から下には変化がなかった。
アステリアの視線の高さと範囲が異なるだけで、ミノタウロスとしての脚力や怪力は失われていない――もちろん、戦闘に臨むときを限定に持つ力が上昇するスキル・アッパッパー(アステリアはいつもどんなセンスのヤツが名付けたんだと泣きたくなる)も失われていなかった。
アステリアが失ったスキルは、頭部に関するものだけ。他のミノタウロスとしてのスキルは失っていない。
ならば、とアステリアは一瞬にしてどう動くかを勘で決める。勘が導く通りに体を動かすのみ。
「――っ?!」
アステリアは一度、地を蹴った。そして一瞬にして其の二の懐へ潜り込む。
「うぉっとお?!」
しかし其の二はアステリアが距離を詰めた分だけ後ずさる。
アステリアは知らないが、其の二――盗賊は危機察知能力が高い。ここへ来るまでに、彼はついぞ魔物の背後をとることは叶わなかった。
しかしアステリアはニンゲンでないとはいえ、彼らからしたら“見た目は”ニンゲンだ。
そこが、命運をわけた。見た目ニンゲンだからこそ、盗賊は変に気負いもせずに対処できたのだ。
彼はアステリアを魔物と認識していても、やはり頭のどこかでニンゲンのようだと感じていて、アステリアを人外だと認識しきれていなかったのだから。
「えひゃあ?!」
そして認識しきれていなかった点は、彼の隙となる。
「消えて!」
アステリアののばした指先が、盗賊に触れた。端からみればたったそれだけのことだった。
だから、中年規格外と其の一――狩人と剣闘士はみくびっていた。指先が触れたくらいで何も起こらないと。おそらく体術で何らかの攻撃をしようとし、距離が届かず指がかすったのだと、そう思った。
だが、その認識は甘かったのだと、彼らはすぐに知ることになる。
指先が触れただけで、盗賊は姿を消したのだ。まるで転移魔法でも唱えたかのように、一瞬にして消えたのだ。
もちろん、転移魔法ではないのは彼らとてわかっている。盗賊は魔法を使えないし、そもそも使えていたら、先のドラゴンとの戦いで狩人にいいように利用されて気絶などしていない。
「さあ、これで一人減ったわよ」
アステリアは挑発するように嘲った。
狩人と剣闘士は自分たちが甘かったのだとようやく自覚した。
やはり見た目は人の人型の魔物、魔物だと認識しれていなかった。
対魔物戦のプロである狩人は、人型の魔物とは戦った経験はある。
しかし、それはあくまでシルエットが人に近い、もしくは体の一部が明らかに人ではないタイプの話。アステリアのように、まるっきり頭から爪先まで人に近い、そんなタイプは初めてだった。
だから、油断した。
「ふふふ……」
「………」
未知の相手との戦い喜びを隠せずに笑いだした狩人、ドン引きする剣闘士。
そんな彼らが対峙するのは未知の相手。
さあ、結果はどうなるか。
まだ戦いは始まったばかりだ。




