その時―3
(……あと、二人)
アステリアはじと、と討伐隊のニンゲン二人を視界からはずさないように睨み付ける。
仲間の変質者である若いニンゲンが一瞬にして消え失せ、彼らは呆気にとられていた。その隙にアステリアはぽんぽんと、軽やかに後方へ跳んでもとの場所へ戻る。
呆然としている間ならば、一気に攻め落とすという力任せな戦法は八割がた成功するだろう――相手が知性もない魔物ならば、の話だ。
相手は姑息なニンゲン。死のドラゴンとの戦いを見ていたらわかる。特に、あの中年規格外。あのニンゲンは魔物の発生の仕方を知っていた。――基本的な部分が間違っていたけれど。
魔物は、ニンゲンの負の感情から生まれる。
とうのニンゲン達は、“生きるものたちの負の感情が凝り固まって生じる”と勘違いしている。アステリアたちモンスター側からみたらちゃんちゃらおかしい、へそで茶が沸かせる話だ。
ニンゲンの悲しい、妬み嫉み、怒り等といった負の感情は、通常は嬉しい、楽しい等といった正の感情に相殺される。
しかし正の感情に対し、ニンゲンは負の感情というものをたくさん抱くらしい。
結果、相殺しきれなかった負の感情は飽和状態となり、溢れたそれが行き着く先は――魔物と成り果てる。
その場にあったものが植物ならば植物の魔物、その場にあったものがモンスターの死骸ならアンデッド(死のドラゴンも、元はドラゴンの死骸)となる。
それらを制御するのがモンスターの役目だ。格上のものが、格下の魔物を配下にしたり、駆除したりする。
なのに、ニンゲンは魔物とモンスターをいっしょくたにする。いまだって、アステリアを魔物と判断して、実力をはかろうとでもしているのだろう。
(ニンゲンって、本当に愚か)
ニンゲンは、いつでも自分たちが正しい。他の種族のことを知ろうともせず、すぐに害悪と決めつける。モンスターを一度見つけてしまえば、すぐに討伐してはい終わり、だ。
(本当に害悪なモンスターはニンゲンの世界にいないのよ、彼らはニンゲンに興味がないから)
本当に害悪なヤツラは、魔界にいる。彼らは知能も高く、ニンゲンを蟻以下に見なす。誰も蟻の動向に気を向けない。ちょっとうざいと思えば、足で踏み潰せば終わり。モンスターはニンゲンがどうなっても関係無いが、彼らはそれに輪をかけてどうでもいいのだから。
アステリアのようにニンゲンの世界にいるのは、あんな危険思考の輩と関わりたくないからだ。誰だって火事の火元には近付かない。そして、ニンゲンと線引きして暮らしてきた。
ここから先はニンゲンの領域、ここから先はモンスターの領域。遥か昔に決められた取り決め。
けれどニンゲンは傲慢ですぐに破りたがる。領域を侵されたならば、モンスター側は黙ってはいない。
「………」
アステリアは次の手を慎重に考える。
先程はムーヴァーでダンジョンの玄関に飛ばしたのだ。あの変質者が一番隙だらけだった。
おそらくあの手は一度しか通じないだろう。その証拠に、ニンゲン達も次の手を慎重に考えているようだった。
一触即発、まさに彼らの間に流れる空気に言葉を与えるならば、その言葉が一番しっくりくるだろう。
「…………」
腰を落とし、いつでも動ける構えのアステリア。
「…………」
周囲を警戒しつつも、大剣をいつでも抜き放てるように構えた剣闘士。
「…………」
うっすら不気味な笑顔を張り付け、アステリアをぴたっと見つめる狩人。
三者がそれぞれ隙をつかれないように、じりじりと時をうかがう、そんな時間が少し経過したときだった。
「ほわちゃー!!!」
突如奇声が辺りに響き、続いてばこばこめきめきという音が反響する。その音と同時に天井に亀裂が走り、どすん! とミノタウロス――アステリアの父・ゲオルダンデウスが降り立った。位置的には、アステリアを背にかばう形だ。
「ふぇあわー……」
ふらふら〜、ふらふら〜と千鳥足でゲオルダンデウスは前後に揺れながら、奇声をあげていた。まるで酔っ払いである。
「おぅげぇえええ」
そしてゲオルダンデウスは立ったままおじぎをし――
「吐くなぁああああああああ??!」
――口から吐瀉物を撒き散らした。アステリアは悲鳴をあげながら、渾身の回し飛び蹴りを後頭部にクリーンヒットさせた。
「ぶひゃぐえ」
そして、ゲオルダンデウスは力の限り蹴られた蹴鞠のごとく、前方へと飛ばされていく。
前方へと、つまりは討伐隊のニンゲンたちの前に、だ。
一匹の中年ミノタウロスが、勢いよく飛んでいく――おじぎの姿勢で、角二本ある頭の向かう先はもちろんニンゲン。しかも、吐きながら。
「っ」
迫ってくる角二本と吐瀉物。それに対し、剣闘士は反復横飛びの要領で脇へと跳んで逃れ、
「よっと」
狩人は迫り来る二本の角に対し、腰を落として両腕を前へ突きだし――がしっ、と二本の角を掴んだ!
「っとっと」
ずるずる、と勢いにおされ後退する狩人は笑っていた。その視線はアステリアを捉えていて、
(――うわっ、何なの?!)
目のあったアステリアはぶるっと体を震わせた。
(ああ、もう)
ゲオルダンデウスはまさに酔っ払い状態であった。それは泥酔の域であり、これこそリンダリンダの作戦であった。
――木に触れたものは、酒毒の餌食となる。
リンダリンダは炎と毒の妖精だ。致死性の毒、痺れだけの毒、笑いだしたら止まらない毒と毒のレパートリーには事欠かない。
今回リンダリンダが選んだ毒は酒毒、触れたもの、近づいたものを容赦なく泥酔させ、正気を奪う毒。もちろんリンダリンダオリジナル。ニンゲンからしたら厄介なことに、リンダリンダの毒は同じ作用の毒でも成分が毎回違い、ニンゲンの誰もが解毒の術を持たないといった点を持つ。
偶然ゲオルダンデウスが浴びて、ゲオルダンデウスがああなってしまったのは――アステリアにとっては不幸中の幸いのように見えた。
なのに、現在。
「来るなぁああああああああああ!!」
狩人に投げ飛ばされたゲオルダンデウスが、アステリアに向かって飛んでくる。
アステリアは幸いリンダリンダの娘。リンダリンダの毒は血を分けた肉親には効かない。なので酒毒の影響は受けないが、ゲオルダンデウスの二本の角がこちらを向いて飛んできたらアステリアだってただではすまない。
「父さんのバカあああああああああああああ!! もう知らないいいい!!!」
アステリアは叫びながら、今度はゲオルダンデウスの顔を蹴りあげ、父の進路を右斜め後方へ飛ばす。ゲオルダンデウスは奇声をあげながら吹っ飛んでいった。
「隙あり!」
アステリアが自分の父を蹴飛ばしている間に、いつの間にやら剣闘士が距離を詰めてきていた。
剣闘士の得物は身の丈ある両刃の大剣。それを力を込めて下から上へと切り上げ――アステリアを襲う!




