討伐者たちの道行き―前編
テスは剣闘士だった。毎日朝から晩までコロッセオにて戦いに明け暮れていた。
南方の大陸から捕縛されてきたという大蛇タイプのモンスターと戦う日もあれば、東方の国から捕縛されてきたという白黒の熊に擬態するモンスターとも戦うこともあれば、北方から捕縛されてきたという真っ白の熊に擬態するモンスターとも戦ったこともあった。
なかでも白黒の熊に擬態するモンスターは、見た目の可愛らしさに反して狂暴で、油断して切り刻まれるところだった。本性の真っ黒で凄まじい毒性の体臭を放つ姿になるまでほんっとにヤバかった。
そんなテスは雇われの剣闘士だ。コロッセオのある都市国家カンディアを統べる一族に雇われたコロッセオ専属の剣闘士として、日々モンスターと戦うというパフォーマンスを観客に見せるのだ。そう、剣闘士は契約パフォーマーだ。
だからこういわれたとき、彼は耳を疑った。
「隣のミーノース島に赴き、ミノタウロスを倒してくれまいか」
「……、はっ!」
一瞬だけ頭が白くなってしまったが、テスはすぐさま肯定の意の返答をした。テスは雇われである。雇用主からもたされる仕事に難色は示せなかった。
だから、理由も知らなかった。なぜミノタウロスを倒すのか。ミノタウロスはどのような悪さをして討伐対象になったのか。しかしテスは雇われだから聞くに聞けない。なぜなら、雇われ側は雇用主から行けといわれれば、行くしかないのだから。
そうして2日後、慌ただしく準備をしたテスは船に揺られていた。カンディアがあるクレーテア島から隣のミーノース隣へと渡る定期船だ。
この2日間あまりにも慌ただしく、ろくにミノタウロスの情報も手に入れることができなかったし、船酔い止めも買えなかった。
「うっぷ」
だから、テスは酷く酔っていた。揺れる度にリバースを繰り返している。モンスター討伐に行くからと、仲間からたんと肉を食わされたのもいけなかった。精のつくものを食べろと、ヤギの肉をたらふく食わされたのだ。気持ちはありがたいが、胃には優しくなかった。
「あんたがー、テスー?」
「おーよしよし」
テスは雇用主から「船に乗船し次第、仲間と合流できる」と聞いていた。すぐに会えなかったが、リバース中に出会ってしまった。最悪の出会いだった。
「情けないわネェ」
仲間は、魔女と盗賊と、神官と狩人だった。
リバース中に名を尋ねてきたのが魔女ピア、おーよしよしと背中をさすってくれたのが狩人ゼス、情けないと何故か女言葉で話すのが神官リウス、そして同じくリバースしているのが盗賊ラースだった。
雇用主によれば「船上にて神官より討伐の詳細が話されるであろう」といっていたが、それはとうてい無理な話だった。
「地獄を見た……」
「俺っちもだぜ、テスの兄貴………」
ミーノース島に到着し、5人はすぐさま港町で宿を取った。剣闘士と盗賊があのままでは使い物にならなかったからである。
当事者二人といえば、
「生き返る……」
「天国……」
と呟きながら宿の寝台にて横になっていた。よほど船酔いが酷かったらしい。二人とも顔が蒼白を通り越し、石灰のように白くなっていた。
「にしてもー、剣闘士が船酔いってー、ばか?」
きゃはははと無邪気に笑う魔女を睨む気力さえ二人には無かった。
「おばかなことをいうのはやめなさいよネェ。おつむの軽さが知れるわヨォ」
神官が爪をヤスリで磨きながら呟けば、
「なーんですってー?!」
「あーらーァ? そちらこそォ」
二人は火花を散らし始めた。
「今のうちに話しておこうか、剣闘士くん」
と穏やかに笑うのは中年の狩人。狩人といえば、動物モンスター関係なく狩るプロであった。
「……頼む」
雇用主からは神官が話すといわれていたけれど、神官はいまや魔女と白熱した口喧嘩の真っ最中であったので、テスは素直にお願いしたのであった。
「一昔前に暴れたミノタウロスが再び?」
「そうらしいですよ。あくまでも噂ですが」
狩人の説明によれば、ここミーノース島のとある山にミノタウロスが造り上げたダンジョンがあるらしく、討伐対象のミノタウロスはその付近に新たに造り上げたダンジョンにいるとのこと。そのミノタウロスは、20歳であるテスが生まれるよりかなり前に残虐非道を繰り返したミノタウロスと同一だという。
「残虐非道を再び繰り返すために人界へ降りてきたらしいですよ」
かつてのミノタウロスはダンジョン内部にて、何十人もの冒険者相手に、一匹で立ち回り辺り一面を血の色一色に染め上げたという。
また悲劇が繰り返される前に、付近の島々は各島の手練れを集めて、にわか仕立ての討伐隊を結成した。
「それが我らですよ。魔女もああ見えて大ベテランです。ここにいる誰よりも、モンスター相手の手練れです」
そういうが、テスはどう見ても魔女が子供にしか見えなかった。まだ15にもなっていないのではないか? そう疑問に感じたテスに、狩人はこっそりと小さな声で「私より長生きなんですよ」と耳打ちした。あのどこが?! という言葉をテスはどうにか飲み込んだ。口喧嘩真っ最中の魔女が一瞬殺気をこちらに向けたからだった。テスは自信をもっていえる。絶対、殺気だった。
「神官だって破魔の術と癒しの術のエキスパートです。あなたの隣にいる盗賊は、近年捕まることは無かったといわれる、気配消しや背後を取る分野では百戦錬磨の大犯罪者ですよ」
今度は隣の寝台で横になる盗賊が弱々しく手をあげた。
「船の上のお宝を盗みに行ったら捕まりやしたー……」
本人いわく、船には乗ったことがなく、ここまで船酔いが酷いとは思わなかったらしい。それで今までの逃亡歴を考えれば、バカみたいにあっさりとお縄についたらしかった。
「しかし彼は義賊でしてね、今回司法取引に応じて加わりました」
「罪が消えるんですよー……」
テスには、この白い顔の船酔いの同士がそんな大物にはどうしても見えなかった。魔女といい、人は意外に見かけによらないらしい。
「私はおそれ多くも狩人組織の中で、殿堂入りの称号を頂いておりまして」
とニコニコ笑う狩人こそ、見かけによらなかった。殿堂入りといえば、玄人中の玄人、現役の中でも最高峰の腕前であり、単独で狂暴モンスター数十匹をも相手どるという逸話を残す強者も過去にいるくらいの、強者中の強者。
狩人は優しいおじさんといった雰囲気であり、とてもそうは見えなかった。
「魔女は私より強いんですよ?」
「………」
魔女が狩人より強いなんて、狩人が強者中の強者に見えない以上に有り得なかった。
「そーゆーわけだからー!」
いつの間にやら口喧嘩に勝利をしていた魔女が、大胆不敵に笑いながらテスの寝台に腰掛けた。ドスンと大きく揺れたため、再びテスがリバースしてしまい、狩人が慌てて桶をあてがった。それを見て「どこから出したのヨ」と神官が呟く。
「………」
魔女はテスをリバースさせておきながら、ドン引いた様子で言葉を続けた。
「こーんなにつよーいあたしたちが集まったんだからぁー、それだけつよーいクラスのー、ミノタウロスってわけよー? 覚悟はー、できてるのー?」
ただの雇われ剣闘士のテスに覚悟なんて出来てるはずがなかった。雇用主との契約なのだから、やれといわればやるだけだった。
けれども、テスは思う。
(俺だけ人選ミスってない?)
契約じゃなかったら隙を見て逃げると自信を持っていえる心境のテスであった。




