外戚の男③
警備の兵士に変装して重華宮の近くまで先回りしたが、まだ韓侂冑は到着していなかった。奴の方が先に出たはずなのにおかしかった。
「あっ、来ました」
李明が指差す方向に目を向けると確かに韓侂冑だったので、ほっとした。さっきと服装が違うところから、どうやら礼服に着替えていたようだ。太后に謁見するのだから、それぐらいは当然のことだろう。
「遅刻は大目に見てやりましょう」
「そうだな」
頷いているうちに韓侂冑が近付いてきた。趙汝愚も李明もばれないようにしっかりと変装しているが、なるべく彼と顔を合わせないようにしていた。
だが。
ぐしゃ。
「あだっ!」
趙汝愚が悲鳴をあげた。韓侂冑が趙汝愚の足を踏み付けたのである。ところが踏み付けた張本人はどこ吹く風で、さっさと行こうとしていた。
「あの野郎、もがっ……」
文句を言おうとした口をあっという間に李明に塞がれた。凄まじい馬鹿力の前に、屈服せざるをえなかった。
「少し大人になりましょうね。気持は分からないこともないですけど、我慢です。それから今のあなたは趙汝愚でなく警備の兵士です」
「……分かった。しかし、腹の立つ男だな。足を踏んでも謝らないなんて」
「調べたところ昔から自分や家のことを自慢する鼻持ちならない人物みたいですよ」
「早い話、おぼっちゃんか」
「そういうことです」
先ほど自分の前でへりくだっていたのは、ただのおべっかなのだろう。陰ではなんてぼやいているか分かったものではない。
この一件が終わったら、あの男とは早くおさらばしてしまおう。これ以上関わるなんて得策ではない。
「それはそうと韓侂冑の様子をうかがわなくてよろしいのですか?」
「おお、そうだった」
ちょうどよい大木があったので、身を隠してそこから韓侂冑の様子をうかがうことにした。
重華宮の門前に韓侂冑はいた。
しかし、どういうわけか門前をしきりに行ったり来たりしているだけだった。なんだろうか。何かのおまじないか。それとも地面の蟻を踏みつぶす趣味でもあるのだろうか。
だとしたら、かなりの悪趣味である。
今度は溜息までついている。一体なんだというのだ。




