地主とスローライフ
西多摩S級ダンジョン旅館、ツムギ村。
縁側のちゃぶ台を囲むように、窮屈そうに正座する三人の背広姿の男たち――全宇宙の理を統べる『星界の調停神』たち。彼らの額からは、滝のような冷や汗が流れ落ちていた。
『ど、ドウゾオ構イナク、上位神様……ッ!』
『私共ハ、ホンノご挨拶ニ伺ッタダケデスノデ……ッ!』
宇宙の最高神たちが、ジャージ姿の高坂紬に対してガチガチに震えながら媚びへつらっている。
高坂が先ほど、彼らの神罰(流星群)を百均のブルーシートでポンッと弾き返したため、調停神たちは高坂を「宇宙の外側からやってきた、規格外の絶対的支配者」だと完全に勘違いしてしまったのだ。
『いやいや、遠い本庁(宇宙)からわざわざ監査に来てくれたんだから、お構いさせてくださいよ』
高坂はニコニコと笑いながら、お盆に乗せた麦茶と、例の『塩昆布(※S級古竜の死毒ブレスをタッパーで概念圧縮したもの)をまぶしたおにぎり』、そして『世界樹のシイタケのお吸い物』を差し出した。
『ケンさん(創造主)にはいつもお世話になってますからね。これ、うちの畑で採れた粗食ですけど、どうぞ』
『ソ、粗食ダナンテトウデモナイ……! 頂戴イタシマス……!』
調停神の一柱が、震える両手でおにぎりを持ち上げ、恐る恐る一口かじった。
――カッ!!!!
次の瞬間、調停神たちの背後に、宇宙の誕生を思わせる超・極彩色のオーラが弾け飛んだ。
『ナッ……!?コノ旨味ハ、ナンダ!?我ラノ知ル魔力トイウ概念ヲ超越シタ、優シクトロケルヨウナ塩気……!ソシテコノ吸イ物ノ、細胞ノ隅々マデ浄化サレルヨウナ深イ出汁ノ香リハ……ッ!』
彼らは神である。宇宙のすべてを知り尽くした存在である。
だが、そんな彼らですら、高坂の【地主】スキルと愛情によって極限まで昇華された「家庭の味」を知らなかった。
美味しい。ただひたすらに、美味しい。
星を壊し、銀河を創り直すという冷徹な使命を持っていた彼らの目から、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
『嗚呼……我ラハ何ト無粋ナコトヲシヨウトシテイタノダ……。コノヨウナ尊イ味覚ガ生ミ出サレル星ヲ、滅ボソウトナド……』
『上位神様……!コノ地球ハ、否、コノツムギ村コソハ、全宇宙ニオケル至宝!我ラノ監査ハ「三ツ星」デス!!』
『おっ!本当ですか?保健所の審査、通りました?』
高坂は嬉しそうに手を叩いた。
『いやー、よかった!これで心置きなく営業を続けられます!ケンさん、あんたの上司、すごく話のわかる人たちじゃないか!』
『ハ、ハハァッ……!全テハ、ツムギ様ノ御心ノママニ……ッ!』
ケンさん(創造主)も、調停神たちと一緒にちゃぶ台に頭を擦りつけて泣いている。
こうして、地球滅亡の危機は「美味しいおにぎりとお吸い物」によって完全に回避され、ツムギ村は宇宙公認の【絶対保護指定リゾート】として認定されたのであった。
◆ ◆ ◆
数時間後。西東京市役所、税務課の窓口。
「えーっと、高坂紬様ですね。本日はどのようなご用件で……ヒッ!?」
窓口の職員は、顔を上げて悲鳴を上げそうになった。
ジャージ姿の人の良さそうな青年の後ろに、屈強なスーツ姿の外国人、和服の凄みのある美女(氷室)、黒スーツの国家公務員(JSA葛城)、さらには「後光が射している謎の男たち(神々)」が、SPのようにズラリと立ち並んでいたからだ。
『すいません、固定資産税の支払いに来ました。期限ギリギリになっちゃって申し訳ないです』
高坂はそう言うと、ペラペラの百均ファイルから、一枚の小切手を取り出して窓口のトレイにコトンと置いた。
それは、先日ツムギ村に宿泊した中東の石油王やアメリカ大統領たちから受け取った、総額500億円を超える国際小切手(※JSA経由で換金証明済み)であった。
「ご、ごひゃくおく……!?」
職員の目が飛び出た。
西東京市の年間予算に匹敵するかという狂った金額である。
『あ、税金は15億5千万円ですよね。お釣りは……えっと、市への寄付ということでお願いします。道路の舗装とか、公園の遊具とかに使ってください』
「き、きふ!? さ、さささ、380億円以上の寄付ゥゥゥッ!?」
職員は白目を剥いて倒れかけたが、背後に立つ葛城(JSA防衛局長)が「すべて合法だ。速やかに処理したまえ」と胃薬を噛み砕きながら凄んだため、ガクガクと震える手で領収書にハンコを押した。
バンッ。
【領収済】の赤いハンコが押された瞬間。
『よしっ!!』
高坂紬は、市役所のロビーで大きくガッツポーズをした。
彼を苦しめていた最大の敵(税金)を完全に打ち倒し、名実ともに、法規的にも、この西多摩の山林が『高坂紬の絶対的な私有地』として永遠に認められた瞬間であった。
アーサー、氷室、しずく、陸たちが「やりましたね、ボス!!」と歓喜の声を上げる。
こうして、世界を揺るがしたS級ダンジョンの騒動は、一人の地主の『納税』という、最も模範的で平和な形で幕を下ろしたのである。
◆ ◆ ◆
数ヶ月後。 西多摩・ツムギ村は、今日も抜けるような青空に包まれていた。
『えー、視聴者の皆さん、こんにちは!今日もツムギ村は平和です!』
高坂紬は、自撮り棒を持って笑顔で配信カメラに語りかけていた。
『最近は旅館の経営も軌道に乗ってきまして、新しいアルバイトの人たちも増えたんですよ。ほら、あっちを見てください!』
カメラが捉えたのは、裏山の広大な畑。 そこでは、アーサーやしずくたちに混ざって、背広を脱ぎ捨てて麦わら帽子を被った『星界の調停神』たちと『創造主』が、泥だらけになりながら楽しそうにクワを振るっていた。
宇宙の最高神たちが、立派な小作人としてキャベツの収穫に精を出しているのだ。
『チョウテイさん達、すごく働き者なんですよ! トカゲくん(古竜)もすっかりトラクターの牽引に慣れたみたいだし、ポチとピーちゃんも元気です!』
【神々が農作業してて草】
【※なお、彼らは先週飛来した隕石をクワで打ち返して地球を救いました】
【宇宙の最高戦力が集う農園】
【ツムギニキ、完全に宇宙の支配者になってるのに気づいてないの最高】
【スローライフ(物理・次元超越)】
コメント欄は今日も大盛況だ。
世界中のダンジョンはツムギ村の温泉ネットワークと繋がり、今や人類にとってダンジョンは「脅威」ではなく「レジャー施設」へと完全に変貌していた。
各国の軍隊や闇ギルドも、ツムギ村の温泉とシイタケの味を知ってからは完全に骨抜きにされ、誰も争いを起こさなくなった。
図らずも高坂は、退職金で買った山林一つで、世界平和どころか宇宙平和まで成し遂げてしまったのである。
『いやー、やっぱり自分の土地で、自分の好きなように野菜を育てて暮らす。これが一番の幸せですね!』
高坂は、真っ赤に実ったトマトを一つもぎ取ると、服の袖で軽く拭いて、ガブリと齧り付いた。 口いっぱいに広がる、太陽と大地の味。
『それじゃあ皆さん、また次回の配信でお会いしましょう!俺はただの地主として、これからもマイペースに頑張ります!』
カメラに向かって元気よく手を振る高坂紬。 彼の足元では、世界を滅ぼすはずだったS級魔獣たちが、気持ちよさそうに昼寝をしている。
神々が耕し、英雄たちが笑い合い、地球上のすべての命が憧れる究極の楽園。
ブラック企業に疲れ果てた男が求めた『普通のスローライフ』は、スケールを盛大に間違えながらも、世界で一番優しくて、規格外に温かい日常として、これからもずっと続いていくのだった。
(おわり)




