ハズレスキルの真価
『えっ……? あ、熱い……! 体が、すごく熱い……!』
S級ダンジョンの最深部。 高坂紬から手渡された『自家製プチトマト』を一口かじったF級探索者の少女、神崎しずくの体に、異変が起きていた。
全身の毛穴から、眩いほどのプラチナ色の光が吹き出している。 本来スキルの覚醒と同時に決まる自信の限界値がたった一つの果実によって強制的に限界突破し、爆発的なエネルギーを生み出している証拠だった。
(な、なにこれ!? 力が……無限に湧き上がってくる……っ!)
「オォゥ……アンビリバボー。ボス・ツムギ、あのガールの魔力波長、一瞬で『Sクラス』ニ到達シタンジャないデスカ……!?」
温泉掘りの手を止めたアメリカ最強の暗殺者・アーサーが、ツルハシを取り落として驚愕の声を上げた。
攻略者のランクは『スキル』と『魔力量』で決まる。先ほどまでごく僅かな魔力量しか感じなかった一般人も同然だったこの少女は今、日本に三人しか存在しない国家最高戦力(冠位室)に匹敵する、第四のS級探索者へと文字通り“羽化”したのだ。
「えっ? マジで?トマトの栄養すごいな。リコピンの力かな?」
高坂は呑気に感心しているが、しずくの驚きは魔力量の増加だけではなかった。 圧倒的な魔力を得たことで、彼女の脳内に『自身が持つスキルの使い方』が、濁流のように流れ込んできたのである。
(私のスキル……【お片付け】が、変化してる……!? ううん、違う。これが、このスキルの『本当の力』だったんだ……!)
しずくは、シーカーの適性検査で最低の魔力値と判定され、発現したスキルも【お片付け】という初めて確認されたスキルなものの、戦闘向きではないハズレスキルとされたものだった。
魔力が少なすぎたため、これまでは「指先から少し風を出してホコリを飛ばす」
「汚れたお皿を綺麗にする」程度のことしかできず、周囲からは「清掃業者にでもなれ」と嘲笑されてきたのだ。残された病気の弟を養うため、泥水をすする思いでF級ダンジョンに潜り続けていた。
しかし。 スキルというものは、注ぎ込む【魔力量】によってその威力が劇的に変わる。
世界でも未確認だったこのスキル――【お片付け】の真の正体は、対象の物質、エネルギーなどあらゆるものを空間ごと消去する、超次元の浄化・消滅魔法だったのだ。
「あの……ツムギさん。私、ちょっと試してみたいことがあって……」
しずくは震える手で、露天風呂の横にあった巨大な岩(※S級ダンジョンの絶対破壊不可の岩盤)に向けて手のひらをかざした。 そして、かつてはホコリを払うために使っていた言葉を、静かに紡ぐ。
「……【お片付け】」
――スゥンッ。
音が、消えた。 爆発も、閃光も、衝撃波もなかった。ただ、しずくが手をかざした前方数十メートルの空間が『球状』に綺麗に抉り取られ、S級ダンジョンの岩盤が塵一つ残さず「消去」されたのである。 世界最高峰の魔法使いですら傷一つつけるのが難しい岩盤が、まるで最初から存在しなかったかのように、虚無の空間へと変わっていた。
「…………えっ?」
しずく自身が一番驚き、目を丸くして固まった。 アメリカ最強の暗殺者であるアーサーは、その光景を見て「ヒッ……!」と悲鳴を上げ、ガタガタと震えながら温泉の中に身を隠した。 (マ、マズイ! 対象ヲ空間ゴト完全ニ『消去』スル魔法ダト!? アノ少女、防御力無視ノ絶対即死魔法ヲ覚醒サセヤガッタ……! ヤハリ、ボスの加護ヲ受ケタ者ハ皆、神話級ノ化ケ物ニナルノカ!)
『うおおおっ!? すげえええええ!!』
アーサーが震える中、高坂だけは目をキラキラさせて拍手喝采した。
『今のなに!?マジック!?岩がパッと消えたぞ!君、めっちゃすごいエスパーじゃん! それがあれば、部屋の掃除とか粗大ゴミの処理とかめちゃくちゃ捗りそうだね!』
「そ、粗大ゴミ……」
一国の軍隊すら一瞬で消滅させられる超位魔法を、高坂は『便利なゴミ捨て能力』として大絶賛した。 だが、しずくにとっては、高坂のその呑気な言葉が何よりも救いだった。
(私……強くなれた。これなら、強いモンスターを倒して、弟の治療費も稼げる……誰にも、バカにされない……!)
「ツムギさん……っ!」
しずくは感極まり、高坂の前に膝をついて、土下座の姿勢で深々と頭を下げた。
「ありがとうございます……!ツムギさんは、私の神様です!この御恩は一生忘れません……っ!!」
『いやいや、神様って大げさだなぁ。顔上げてよ。はい、これお土産。弟さんに食べさせてあげてね』
高坂は、百均のタッパーに『世界樹のネギ』の切れ端と『神々の黄金林檎』をパンパンに詰め込み、スーパーのレジ袋に入れてしずくに手渡した。
「こ、こんな貴重なものを……本当にいいんですか!?」
『もちろん。俺の畑で採れたただの野菜だからね。弟さん、早く元気になるといいね』
その屈託のない笑顔を見て、しずくは再び大粒の涙をこぼしながら、レジ袋を胸にしっかりと抱きしめた。 (弟の病気、このトマトがあれば絶対に治る……! 私、急いで帰らなきゃ!)
『あ、でも帰り道わかる? ここ、結構山奥だけど』
高坂が心配そうに首を傾げたその時、しずくが落ちてきた空間の亀裂が、再びパチパチと音を立てて広がり始めた。 ダンジョンの次元の歪みが、彼女を元の場所(埼玉のF級ダンジョン)へ戻そうとしているのだ。
「大丈夫です!ここから帰れそうです!ツムギさん、アーサーさん、ポチちゃんも、鳥さんも……本当に、本当にありがとうございました!!」
しずくは満面の笑みで手を振ると、光の亀裂の中へと飛び込んでいった。空間の割れ目が完全に閉じ、S級ダンジョンの最深部は再びいつもの静寂(?)を取り戻した。
『嵐のように来て、嵐のように去っていったね。さて、俺たちもログハウスの床張り、進めようか!』
「イエッサー、ボス!!」
◆ ◆ ◆
同時刻。JSA本部の戦略指令室。 モニター越しにその一部始終を監視していた防衛局長・葛城と、魔力解析官たちは、地獄のような静寂に包まれていた。
「……局長」
「……言わなくてもわかっている」
葛城は、胃薬の空き瓶を握り潰しながら、血走った目で計器の数値を睨みつけた。
「埼玉県在住、F級シーカー・神崎しずく。彼女の魔力波長が、先ほど『S級』の数値を突破しました……。しかも世界でも未確認の空間消去魔法スキルを持った……我が国で四人目の、国家最高戦力の誕生です…」
指令室に、絶望と歓喜が入り混じったようなどよめきが走る。 何十年もかけて育成するはずのS級攻略者が、ジャージの男から『家庭菜園のトマト』を一つもらっただけで爆誕してしまったのだ。
「……彼女が持ち帰ったあのタッパーの中身。あれが市場に出回れば、世界の経済と医療が根底から覆るぞ。直ちに埼玉支部へ連絡しろ! 神崎しずくを極秘裏に保護し、あのタッパーを死守するんだ!!」
「は、はいっ!」
「それと……もう一つ」
葛城は、モニターの中で百均の金槌を振るう高坂紬を見つめ、深く、深くため息をついた。
「これ以上、高坂紬を野放しにしておくのは危険すぎる。彼に『一般常識』を教え込み、我々JSAと良好な関係を築くためのパイプ役が必要だ……」
「パイプ役、ですか? しかし、S級の瘴気を突破してあの男に接触できるのは、冠位室の三名しか……」
「そうだ。氷室たちを『ご近所キャンパー』として派遣し、高坂の山林開拓を本格的にサポート(監視)させる。これより本件を、国家最高機密『#氷室農園プロジェクト』と命名する!!」
日本の命運は今、一人のキャンパーと、ネギとトマトと百均の工具に完全に握られていた。




