勢いに任せると後で自己嫌悪のツケが回ってくる
父さんに馬車の中で、正式な俺とメアリの婚約打診の手紙を書いてもらい。(車内が揺れて書きにくそうだったので揺れないように魔法を使う配慮はしたが、俺に遠慮は一切なかった)
翌日、その返事がラ=モンヴォレット侯爵家から届いたので、俺はドギマギしながらその手紙で自室で開封していた。
本来ならまだ子供の俺ではなく、当主の父さんが最初にこんな重要な手紙は目を通してしかるべきなのだが、肝心の父さんが朝から母さんとデートに出かけるという無駄に愛妻家な一面を発揮したので、俺が最初に手紙を読むことになった。
ちなみにいくつになってもラブラブな今世の両親を見て、俺は愛と尊敬と永遠に爆発しろこの人たちという妬ましい感情を学習した。
俺はペーパーナイフで、スーっと手紙の封を開けた。
中身の文字はまだ見えないが、2枚入っていた。
すると、非常に緊張した。
この中に、昨日の俺からの婚約の申し出を承諾or拒否する旨の手紙が入っているかと思うと、俺は一度深呼吸をしなくてはならなかった。
「…よし、開けるぞ……」
覚悟を決めて、1枚目の手紙を開くと、達筆な文字でずらーっと返事がしたためてあった。
これはラ=モンヴォレット侯爵、つまりメアリの父君からの手紙らしかった。
「え、っと、なになに……『謹んで婚約受諾の旨をお伝え申し上げます』って、……受諾。それすなわち俺の婚約の申し出は受け入れられた……」
頭の中で言葉を咀嚼して理解し、俺は喜びを噛み締めた。小さくよしっと拳を握った。
きた……!
転生してから全部上手くいきすぎてそろそろ怖いけど、きたぞコレ……っ!!
俺とメアリが!婚約者!
ぃやったぁぁ!
侯爵からの手紙は自分の名前を署名して、その文で終わっていた。
「じゃあ、もう1枚の手紙の差出人は……」
2枚目をわくわくしながら、オープンして目を通すと、侯爵の達筆な字とは対照的な、丸みを帯びた可愛らしい字だった。
「『ギルド様、先日はありがとうございました。貴方と初めてお話が出来て私はとっても嬉しゅうございました。こたびは身に余る光栄なご提案をいただき、当家一同、深い感動とともに迎えております。ギルド様はお花は好まれますか?是非ギルド様に私の育てているお花たちを見ていただきたいです!それではまたギルド様にお会いできる日を心待ちにしておりますね。メアリ=ラ=モンヴォレット』……はぁ、メアリからの初の手紙が来た…っ!」
婚約がオッケーされたのと、メアリから直々に手紙が届いたのとで、俺の情緒は爆発した。
前世も含めて、初めての彼女からの手紙だった。ああこの10歳らしいちょっと拙いながら大人をしようとしている字が、彼女が頑張って俺宛てに書いてくれた姿が浮かんで、そのもうですね、俺は死ねますよ…。
尊くて。
「額縁に入れて飾ろう……!紙が褪せないように魔法かけとこう!大切に保存しよ!」
俺はうきうきだった。
*
「で。それが何でこんな暗いジメジメオーラに変わったわけ?意味分かんねー」
「くっ誰か俺を殺せ……浅慮な人間に権力を持たせてはならない……なぜなら人間はそれを悪用し自分の利得のために強要するからだ……そう、ソースは俺……」
「だから何があったんだよ!??たった2時間でエグい心境変化しすぎたろお前は!情緒不安定か!」
ラ=モンヴォレット家から婚約の返事が来て、2時間後。俺は自室でどんよりと肩を落としていた。
俺を呆れたように見下ろすは、亜麻色の髪をした1つ歳上の乳母兄弟のジークだ。ジアディスト公爵家筆頭メイドのマームの一人息子である。
彼は俺の唯一の友人である。人間不信な俺がどうやってジークと友人になれたかというと、すべては時間が解決してくれた。
「分かった。お前の言ってた内容を整理するぞ。昨日はラ=モンヴォレット家のご令嬢と顔合わせて、彼女を気に入ったお前は即求婚した。で、承諾の返事が来てお前は小躍りしてたと」
「小躍り?パーリナイの間違いだろ」
「いやどっちでもいいわ!」
俺のどうでもいい訂正に、ジークはハアと溜め息を吐いた。頭が痛そうに手を添えた。
「いや、意味分からんマジで。どこに落ち込む要素があるんだよ。お前ウハウハだろ。チッ何でお前だけそんなイケメンで頭良くて人生上手くいくんだよ、あーちきしょう、うらやましー、死ねー」
「分かった死ぬわ……来世は誰にも迷惑かけない雑草に生まれ変わりたい…フ」
「おい冗談だっての!?ロープを出すな!どっから出した!」
「練炭もあるよ」
「重い!面倒くさい!」
永眠グッズを取り出すと、ジークにドン引かれた。じょ、冗談だってぇ、前世のクセが直らないだけどすハハ……。
「話を戻すけど、何で落ち込んでんのお前?」
意味が分からないと両手をお手上げしているジークに俺はぎくりとなった。
「いや……その…なんというか…冷静な頭で考えたら自分の自分勝手さに気付いてしまったというか……」
「は?なにが?」
「俺からの婚約の打診、もうちょっとタイミングあったよなー…みたいな……」
「…ぁん?どうゆうこと?」
おい耳をほじくりながら俺の話を聞くな。興味なさすぎだろ。
俺は溜め息を吐いた。
「まずな。大前提として、貴族同士の政略的な婚約は相手でも居ない限り断られることはないんだ」
「え、マジ?大変だなー」
「お前も貴族だぞ、ミスター・デナルド」
デナルド子爵家の坊ちゃんさんは知らぬふりをして、とぼけていた。他人事だと思ってたらいつか痛い目見るぞお前。
「しかもうちは公爵家。しかも俺は長男だから、身分だけで選ぶならまだ未定の王太子妃の座を除けば国内でも上位に入る」
「上位どころか、最上位じゃね」
「………。…言うなよ……!俺が敢えて目を逸らした事実を突きつけないでくれよ……!?」
「よっ、次期ジアディスト公爵様〜」
「……胃が痛い」
両親には恵まれたが、何で転生先が公爵家なんだ。しかも長男。前世で魔王とかいう社会不適合者の極みをやらされていたのに、何で今世は社交界に放り込まれる羽目に?ぶっちゃけ誰かに爵位は譲りたい。しかしうちは妹しかいないんだ、困った。
「だから何が言いたいかっていうと、その、あれだ。俺がメアリと婚約したいっていう一心で好き勝手行動してしまったから、メアリに選択する余地を与えないまま、強引に婚約に漕ぎ着いてしまったなって…」
いまさら自己嫌悪に陥るとは遅いにもほどがあるが、冷静さを欠いて行動した自覚と罪悪感が今になって押し寄せてきた。
俺との婚約は、ラ=モンヴォレット侯爵が決めただけで、メアリの意思が介在していないかもしれないという不安。貴族社会なら、あり得なくはない話。むしろ娘の意見が尊重されないことはありふれた話だ。
メアリと近づけるチャンスを逃してなるものかと躍起になってた昨日の自分が、メアリに申し訳なくなった。
俺がやったことは、公爵家パワーを使って、侯爵家に婚約を了承させたに等しい。
多分俺は、まだ転生したこの世界の自分に慣れていないのだ。
人間との関わりを断ち、自分以外の他者が関わらない自己完結の世界をずっと生きてきたから。
転生して、周りに思ったよりたくさん人が居て。
自分が少なからず貴族社会に「公爵家の嫡男」という立場では影響性をもっている自覚がない。
自分が他者に影響を与える可能性を理解してないのだ。ずっと自分だけの孤独な世界が長かったから。
俺が落ち込んでいるのに気がついたのか、ジークは俺の肩を叩いた。元気出せよとでも言うように。
「そんな気にしなくたって、お前の婚約者ってことは次期公爵の妻の座を約束されてるんだぞ?メアリ嬢も嬉しいだろ。お前の隣なんか、国中のご令嬢が羨ましがるだろうさ」
「………それは、……」
───俺じゃなくて、「公爵の息子」の俺に、価値があるってことだろ?
自分に迷う。
自分がこれからどう行動したらいいか、迷った。
公爵の息子じゃない。
メアリに振り向いて欲しいのは、何の権力も名声もなかった前世からの俺になんだ。




