157.小山エリカは踏み出していた
朝のドタバタを済ませて、私とアメリは買い物に出かけた。
「アメリと二人で買い物なんて、なんだか新鮮だね」
「そうですね。今の状況にならなければ、お嬢様に買い物指導をする機会は訪れなかったでしょうね」
「指導って……私、別に一人でもお買い物くらいできるんですけど?」
「わかってますわかってます」
アメリは無表情のままこくこくと頷く。なんだか反応が受け流されているように思えるんですけど……本当にわかってるのかなぁ?
アメリ・ブラン。幼い頃から私のメイドをしてくれている女の子だ。
子供の頃からあまり変わらない小さな体型だけれど、歳は私と同じくらいらしい。
たぶん合っているはずなんだけど、いつも意味深な感じで黙るから確信が持てないんだよね。外見だけなら年下に見えるのに、メイドとして完璧な仕事ぶりはベテランの域に達しているようにも見えるから断定しづらい。
アメリは腰まである白い髪を、今は大きなお団子にしてまとめている。黒を基調としたメイド服と合わさって、よく似合っていた。
お人形さんみたいに整った顔にルビーのような綺麗な赤の瞳。その美貌は作り物めいている。
彼女はとっても愛らしい、妹のようであり、姉のようでもある私の大切な存在だ。
「ありがとうね、アメリ」
「何がでしょうか?」
「こんな私のメイドでい続けてくれて。見捨てないでくれて、本当に感謝してる」
……家族のごたごたがあって、今までのような生活が送れなくなった。
これまで仕えてくれていたたくさんの執事やメイドがいなくなって、それでも残ってくれたのがアメリだったのだ。
両親が責任を取ったけれど、屋敷は手放さなければならなかった。
住み込みで働いていたアメリはごたごたに巻き込まれた結果、いろいろと経て、最終的に私の部屋に移る形となったのだ。
私もアメリがいろいろあった間……晃生くんの家で居候させてもらっている間に、これからどうするかを考えた。
夏樹ちゃんやさなえさんに相談して、協力までしてもらって、ようやく自分の道を踏み出せたんだ。
そんなわけで、今は大学を休学して、会社を立て直すことに注力している。皮肉にもこれまで親に学ばされてきたことを生かせている自分がいた。
そんな私をサポートしてくれているのがアメリなのだ。
「お嬢様が立派になられるのを見るのが、わたしの幸せですので」
「何それ? お母さんみたいだね」
「子が羽ばたく姿は、嬉しくもあり、寂しくもありますね……」
「本当にお母さん目線!?」
アメリは懐かしむように遠くを見る。思い出を振り返ってます、みたいな表情しないで! 私たち同い年だからっ!
「それに、お嬢様が成功すればわたしの給金が上がりそうですし。先行投資というやつですよ」
「本当にそう考えてる? 私はなかなか上手くいくとは思えないよ……」
アメリは優しいから。そんな言い方をしながらも、最後まで私に付き合ってくれるつもりなのだろう。
でも、私はそう簡単にいくとは思えない……。
会社が負ったイメージダウンは、西園寺さんに比べればかなり軽度なものであるはずなのに……想像以上に中身はガタガタだった。
それは重役のほとんどが、両親のダメな部分を支持していた人たちばかりだったからだ。
私が立て直していこうと決意する前に、彼らは横暴な行為を繰り返して会社にさらなる打撃を与えていた。
言い分としては「できるだけ急いで功績を挙げなければならなかった」とのことだけど、やり方が重役たちの性分を表していた。この人たちダメだ……早くなんとかしないと。
夏樹ちゃんに協力してもらって、会社の膿を一掃した。その分、今までの繋がりを失ったりして、新たな関係を築く必要があったりと大忙しにはなったけれど、これからはクリーンなイメージをつけていきたい。
それこそ、すぐになんとかなるものでもない。
どれほど時間がかかるかわからない。もしかしたら失敗するかもしれない。
それでも、自分がやると決めたのだ。私を助けてくれた晃生くんたちのためにも、頑張ってやり遂げたい。
だけど、それは私の覚悟。
アメリには関係のないものだ。失敗するリスクの方が高いと思う……だから──
「大丈夫ですよ」
アメリが平坦な口調で言った。
「郷田晃生様でしたか……あの方がいれば、お嬢様の取り組んでいることを成功させられますよ」
「どうして……そう思うの? アメリ、晃生くんに会ったことはなかったよね?」
「はい。ですが……」
ルビーのような綺麗な瞳が私の顔を映す。
「お嬢様が惚れた殿方です。女は心から信頼できる男性がいるだけで、強くなれるものですよ」
淡々としながらも、力強い言葉。
「惚れた……か」
改めて言われると、私から惚れたんだなって実感する。
晃生くんには、私以外の女の子がたくさんいる。
それを悔しいとは思わなかった。むしろ誇らしいと思う。
私が心から好きになった男の子は、とても魅力的で、いざとなれば頼り甲斐のある人なんだって、みんな知ってるから。
「それに、彼は郷田グループの後継者ですよね? いざとなれば、絶大な権力でなんとかしてもらいましょう」
「そういう話、もし晃生くんに会ってもしちゃダメだからね」
まだ高校生の彼は、苦労することがたくさんある。
それは大人の苦労とは違うもので。だけど、とても大変で、大切な苦労だ。
「選択できる機会があるのなら、ちゃんと悩んで、自分の意思で答えを出さないと後悔するだろうからね」
「お嬢様……まるでお姉さんみたいですね」
「ふふっ。晃生くんにお姉さんとして接していられるのは私くらいだろうからね」
そこについては自信を持っている。
夏樹ちゃんも年上ではあるけれど、たぶんお姉さんとしては見られていないだろうから。
「それにしても……」
話しているうちに目的地に辿り着く。
アメリと一緒に訪れたスーパーマーケット。
「私たち、注目浴びてないかな?」
お客さんも店員さんも、私たちに視線が向いているような?
「わたしの美しさに目を奪われているのでしょう。仕方のないことです」
「その自信はどこから生まれるの……」
でも、確かに私よりアメリの方が見られている気がする。
まあ、こんなにも愛らしいメイドがいれば、見つめたくもなるか。
話しかけられるわけでもないし、別に気にしなくてもいいだろう。
「さて、今日は旬の野菜でもお教えいたしましょうか」
「よろしくお願いします。アメリ先生♪」
私とアメリは、休日の買い物を楽しむのだった。





