奴隷売買の是非
奴隷売買の是非の議論は、避けては通れんな。そして、前世の感覚で、『奴隷解放!』とぶち上げる訳にもいかぬ。何時かは、禁止するにしても、それより連合の維持が優先だ。
ワシは、聖戦開始までの短い期間、彼方此方飛び回りながら、意見を集め、考えを巡らせた。そして、7月23日の昼下がりに、猪村で信用できる数名だけの秘密の会議を開く事にした。
「集まって貰ったのは、主にワシの考えを整理する為だ。奴隷売買や大船について、どう対応したら良いのか全く確信が持てない。放置すべきか、それとも何らかの方向性を持って進めていくべきなのか。だから、率直に思っている事を教えてくれると有難い」
「そう言いながら、タツヤさんの事だ、実は存念があったりするんじゃないかなぁ? まあ、良いでしょう。背負うモノが一番軽い私が口火を切りましょう。
あれは、どうしようも無い、必要悪です。奴隷を売り飛ばす方は、売り飛ばす方で、色々な事情がありますから。大部分は、その村内部の事情ですね。口減らしとか、追放とか、逃避行の果てとかです。あとは、行き倒れ。まともな解決策が思いつかなかった奴らが売り飛ばしたり、自ら身売りするんですわ。
あと、奴隷狩りのケースもあるにはありますけど、非常に少ない。此方は、タツヤさんの方で、バシッと禁止されても、何ら問題は無いでしょうね」
タビスケさんだ。明日、大船の訪問に同行して貰う都合上、この会議に出席して貰っている。彼は、昔は奴隷商もしていたので色々な事情を知っているのだろう。
「奴隷の境遇については、わたくしめの方で、確認を取った。前に、話した事と変わりは無い。後、大船の船長の言だが、『北部大連合が奴隷売買を禁じたいなら、別に好きにすれば良い。それなら、別の所から仕入れるだけだから、何ら困らない。寧ろ、来航が減って困るのは、其方では無いでしょうか?』 そう、嘯いていた。
まあ、単なるブラフだがな。わたくしめは良く知っている。奴は一番よく来航する男だが、蓬莱を代表できる者では無い。奴が、唯一の大船の船長で無いことは、猪村は良く知っている」
センカワ村長だ。しかし、それなら、蓬莱は国の代表でも無い者が、あの大船を運用している事になる。あの大船を何艘も持っているとは、此方との国力差は幾何だろうか。
「イモハミ議長は、キチンと割り切っておられる。奴隷として売られる者を憐れとは思っているが、全員を救えるものではない。だから、奴隷売買を禁止しなくても、構わない。ただな、若し、熊村の者が拉致されて売り飛ばされるとかあったら、全く違う話になる。
その場合は、是非に係わらず取り返しに行く」
ブナカゼ村長だ。猪村としては、奴隷の売買に係わる気が無い。だが、他の村にまで、それを押し付ける気も無いのだろう。
「人は、何よりも貴重です。蓬莱に売り飛ばす位なら、テン村に言ってくれれば良い。働く気さえあれば、力になって貰います。最も、追放刑になるような者はお断りですがね。
あと、追放先としての蓬莱は、非常に魅力がある。犯した罪には見合わないでも、被害者に渡す幾ばくかの補償金を稼ぐことが出来るから」
テンヤ村長だ。彼が、テン村の発展のために、奴隷に落ちた者を買い取り、選別しているのは聞いている。何年も何年も真面目に働けば、テン村人として迎え入れ、使い物にならなければ、安値で蓬莱に売り飛ばしている。
それから、暫く、ざっくばらんに、奴隷売買と大船への対応について、意見を交換した。大体2時間強ぐらい、話をしていただろうか、参加者に疲れが見えたので、ワシは話を切り上げる事にした。
「色々、意見を有難う。奴隷売買を全面禁止するのは、今すぐには無い。だが、奴隷狩りは速やかに禁じるつもりだ。というか、明らかに無法だ。そんなもの欠片も認める訳にはいかぬ」
「売られる奴隷が、奴隷狩りによるものか否か? それは、わたくしめで目を光らせている。売られる奴隷は全て事情を確認したが、今回そんなケースはない」
「後は、大船に適用する商売のルールだが、そう簡単に結論が出るもので無い。『一応、要望は聞くが、叶えられるかどうかは何とも言えん』と、応えておくことにする」
◇
翌7月24日の朝、予定通り、ワシは大船を訪問した。と言っても、実際に行ったのは、大船が商品展示に使っている海近くの小屋だ。同行者は、センカワ村長、ブナカゼ村長、テンヤ村長、タビスケさんだ。皆と一緒に。色々見せて貰ったが、値段が高い。ワシは何も買わなかった。一方、ブナカゼ村長やテンヤ村長は、何やら実際に取引をしていた。
商品を見てから、大船の船長らと再び話す機会を持つことにした。船長が来るまでの間、対応した通訳の通婆さんと、少しだけ話をした。
「余り、お気に召す品が無かったようですね。でも、少しは蓬莱の事を理解して頂けたでしょうか」
「良い品は、有ったが、買いだすと際限が無くなる。正に今、金を出してても必要な物で無ければ、後回しにしようと思っただけだ。蓬莱の技術は高く、とても真似が出来ないような物が多数ある事は良く理解した」
「因みに、どんな品があれば、大金を積んで購入しましたか?」
「何れにせよ大金を出す気は無いがな。家畜とか作物の種とかがあれば、値段と比較検討はしただろう。ただ、そういう品は、全く扱っていない所を見ると、欲しがる者は殆ど居ないのだろうな
さて、船長が来られたようだ。本題に入ろう。
船長殿、今日は大変良い品を見せて頂いてありがとう。良い品が多すぎて、買いたい物が選びきれなかった。大変な目の肥やしになった。こんな、船が定期的に来航する事は、ワシ等にとって凄く有難い話じゃ」
小屋に入って来た、船長らに礼を尽くすため、まずは立ち上がって挨拶をした。そして、お互い座りなおすと、
「主は申しております。それは大変良い事だと。我々の商品に興味を持っていただけた事、大変うれしいと。
また、主は申しております。先日の会議での話について、タツヤ様のお考えをお聞きしたいと」
「それについては、先日と答えは変わらない。センカワ村長に確認して、今回は問題ない事を理解した。だが、今後については、何とも言えない。ある年、奴隷が突然禁制品になる事はありえる。
ただな、それでイキナリ罪に問われるというのは、商人としてシンドイという事は判る。仮に、禁制品が増えたら、入港した村から伝わるようにしたいと考えている。
蓬莱との商売が広がるのは、ワシとしても歓迎だ」
「主は申しております。タツヤ様のお話を了解したと。また、船を動かすには天気や潮、商品の状況など色々と考えなければならない事がある。来航する村や時期、停泊する日数等は、その時の都合により、事前に約束する事は出来ない。
つまり、毎年必ず来航するとは約束できないと」
「それは、当然の話だ。ワシとしては、回数が増えればという希望はあっても、それを当然と考えたりはしない。約束出来る事、約束出来ない事があるのは、百も承知だ」
こうして、ワシとしての最初の海外との交流は、無難な結果となった。




