帆船計画
前話と時系列が前後しています。
ワシは、兎村の聖戦を成功させるのに最も重要なのは、海上輸送能力だと考えている。兎村への物資の輸送も、次々作られる前線基地への物資輸送も、陸上輸送では、どうにもならない。陸上輸送では、途中で大半が輸送要員に食われてしまう。
それよりは海上輸送の方がマシだ。そのため、海沿いの村から何隻もの舟をかき集めた。
此処の舟は、大木を刳り貫いた丸木船か、そこに側舷を加えた準構造船だ。そして、手漕ぎが基本だ。そのため、漕ぎ手として案外人数が必要になる。ワシは、これを帆船に変えたいと考えている。漕ぎ手を減らせる分、帆船の方が海上輸送の効率が上がる。
その実現のため、聖戦対策会議後直ぐの7月14日に、山猫村にタコ村とムササビ村の衆に集まって貰った。
帆船にするには、当たり前だが帆が必要だ。そのため、山猫村に出来るだけ大きく丈夫な帆布を作って貰い、それを繋ぎ合わせた三角帆を準構造船に設置するつもりだ。帆布の材料に出来る麻は、ここに普通にある。だが、相談したら直ぐに難題が出て来た。山猫村のネコヅメ村長の指摘だ。
「縁った糸を更に縁って作った図太い糸で幅広の布を作るのか……恐ろしく手間が掛かるな。高機で作った幅広の布は、人気が高く、村の女は総出で増産に取り組んでいる。そこに、更に負担を掛ける事になるのか……
無論、聖戦に必要であるなら最優先だが、どの位掛かるかは考えさせてくれ」
「ありがとうございます。
それと、欲張るようで恐縮ですが、可能な限り幅広の布地が良い。高機も出来るだけ大きい物を作って貰えないでしょうか」
「幅広? それは構わんが、1人で織る為には自ずから限界がある。今ある物より、そんなに大きくすることは難しいぞ」
「はい。それは構いません。ただ、少しでも、強度が高い物を作りたいと考えているだけです。布の縫い目は少なければ少ないほど強度が稼げますから」
これまで、ここではまともな帆が作れなかった。原始機で作る布は、小さすぎて。大きな帆にするには、何枚も何枚も繋ぎ合わせる必要があり、強度が確保出来なかった。
そのため正月に、山猫村で高機の開発を行った。原始機で作れなかった太い布が比較的安価に手に入る。細かい布を何枚も何枚も縫い合わせていたより、大きな前進だ。縫い目が少ない分、頑丈だし、仕立ての手間も少ない。初号機を完成させた山猫村は、真っ先にワシにお礼の服を持ってきた。一枚の布から作った貫頭衣だ。現状の技術では、この貫頭衣が高級品になる。
その後、山猫村は、布造りに驀進している。見学させて貰ったが、初号機から数えて既に4台の高機が完成しており、現在5台目を作っている所だった。勿論、一台毎に工夫が加えられている。
ただ、織る方は高機で効率化出来たが、糸を紡ぐ事や布を縫う部分は、これまでと同様だ。特に、布が増産された分、より多くの糸が必要になり、糸を紡ぐ人手が不足しているようだった。欲を言えば、紡ぎ車が欲しいが、あれは非常に繊細な道具で、簡単には再現できない。
その一段階前の錘車は──ぶら下げた錘の回転を利用して糸を紡ぐ道具──此処でも普通に使われており、ワシには現時点で提案できる工夫はない。
「ところで、この話でムササビ村は何をすれば良いんだい。何か、新しい道具を作って欲しいような事を聞いたんだけど」
ムササビ村長のミナミカゼさんだ。何をするにせよ、金属製の道具があれば、その分楽が出来る。
「少しでも帆布の生産性を上げたい。鉄で細い針を作れば、やり易くなる筈だ。また、麻から繊維を刮ぎとる道具も鉄で作れる筈だ。これら、少しの鉄で作れる小物を揃えて欲しいのが一つだ」
「針か? あれは、需要があるから作り始めているよ。それを山猫村にも卸せば良いんだね。
鉄の細工道具造りに、熱を上げて専念している者が居る。だから、他の道具も、それなりに対応出来ると思う。任せてくれれば良いよ」
「ありがとうございます。
それと、もう一つあります。
帆柱と横木の補強用の金具が必要になると予想しています。
舟に帆を張るには、舟に帆柱を立てて、その天辺から帆布を垂らす必要があります。
その布を下から支える為に、帆柱に横木を付ける必要もあります。そして、帆柱の天辺・横木の根本・横木の先端の三点で、帆布を三角形に張ります」
この構想に必要な物は多い。
準構造船にマストを立て、そのマストにブームと呼ばれる横木を設置する必要もある。帆を操る為には、各種のロープも必要だ。
ワシは、細い枝と端切れを使って、何をしたいか説明した。そうすると、タコ村の船乗りのトビウオさんが、疑問を投げかけた。
「帆が三角形? 大船の帆は四角いって聞いていたけど? 三角形で本当に良いの?」
そう言えば、蓬莱からの大船は、帆船だったな。それと違うと納得が得られぬか。だが、三角帆の方が風に向かって切り上がりし易いなどと、本当の理由を言っても、眉唾なだけだ。どうしたものか、別の分かりやすい利点を示すしかないな。
「確かに、四角い方が、沢山風を受けられそうです。ただ、そのためには高い位置に横木を設置する必要があります。不安定で操作も難しいでしょう。しかし、このように下に横木を設置すれば、帆の面積は半分になりますが、ずっと安定しているし、近い分操作もし易いでしょう。
何でも、一歩一歩進むべきです。一足飛びに蓬莱の大船に追いつくより、可能な範囲で地道に進みましょう」
「タツヤ様がそう言うのであれば、それで行きましょう。それで、ムササビ村は何をすれば良いの?」
横やりを入れられたミナミカゼさんが、話を元に戻した。
「帆に掛かる風の力で船が進む。その力は全て帆柱と横木に掛かる。帆柱と横木には、それに耐えるだけの強度が必要だ。また、操船のためには、帆の向きを変える必要がある。そのためには、帆柱と横木を回転させねばならない。強度と動きやすさ、相反する要求に応える必要がある。木工だけで、それが達成できるか疑問だ。
さらに、帆を張る為に縄を結ぶ場所もいる。此処にもかなりの力が掛かるのは同じだ。そう考えると、強度が必要な部分を鉄で補強する必要があるとワシは考えている。
帆柱と横木を作るのは、タコ村が主体となって行うしか無いが、強度が必要な部分については、ムササビ村の鉄で対応して欲しい」
「舟を作る事については、タコ村に任せて欲しい。村人一丸となって取り組むつもりだ。もし、風にのって舟を進められるようになれば、大きく夢が膨らむ。
無論、タツヤ様の言うように鉄が必要な部分も出るだろう。その場合は、ムササビ村に頼むしかないが、鉄を打つ以外の雑事は、全てタコ村が引き受ける。
現物との調整が必要なら、帆柱だろうと横木だろうと、タコ村総出で運び込んでも良い」
そして、これらを帆船の操船技術を1から──教師無しで──習得する必要がある。課題は山積みだ。
「ただ、気を付けて欲しい。言うまでも無い事だが、海に落ちたら、即座に命の危険がある。そして、気ままな風を受ける以上、これまで以上に転覆する可能性が高くなる。犠牲者を出さぬように慎重に進めて欲しい。最初は、小さな舟を湖に浮かべる位から始めた方が良いかも知れん」
とはいっても、技術の進歩の為に犠牲は覚悟せねばならぬだろう。
次は、大船の来航です。蓬莱からの交易船と面談します。




