フグ村の代替わり(中編)
翌7月7日、日の出前、ハヤグロさんがアラウズさんを引き連れてやって来た。アラウズさんは、クロウズ村長の息子で、昨日のフグ村との話し合いにも同席していた。
人目に付かない所に移動して、ハヤグロさんが用件を切り出した。
「フグ村の衆は、帰村する事になった。そして、フグ村の一票は、私、ハヤグロに委任された。
この件についてフグ村の打撃をできるだけ小さくしたいので、タツヤ殿も協力して欲しい」
どんな意味だろう?
「今? 帰村する? ……何か重大事が起きたのだろうか? 困った時に助け合うのも連合の意義だ。困った事があるなら遠慮なく相談して欲しい」
「イヤイヤ、タツヤ殿にまで誤魔化すつもりはない。
実は、クロウズの奴の態度が余りにも悪いから、隠居させる事にした。
そこで、このアラウズ殿への代替の儀をする為、フグ村の衆は帰村する。そういう話だ」
話を振られたアラウズさんは、深々と頭を下げてから話し始めた。
「昨晩は、不肖の父が大変な失礼をしました。如何にご不快かと思うと身が縮みます。
余りの態度の悪さに、叔父と相談して隠居させる事にしました。本人にも呑み込んでは貰いました。
ただ、隠居させるとは言っても、父が無礼を働いた事が知れ渡れば、フグ村に悪評が立ちます。そうならないよう、タツヤ様にもご配慮頂きたい。勝手なお願いですが、何卒何卒」
「……」
いや、ワシが沈黙するのはマズイ。何か安心するような言葉を……と、考えている内に、ハヤグロさんが話し始めた。
「何をして欲しいか、ハッキリ言わないとタツヤ様とて困ってしまうではないか。
タツヤ様、帰村する理由と昨晩の話について口裏を合わせて欲しい。その為の相談に来たんじゃ。
帰村の説明は二通りあるが、口裏合わせして貰わんと辛いんじゃ。
一つは、クロウズの奴が突然倒れた事にする手がある。だが、此処にはタツヤ様もイモハミ婆さんもいる。何故? 二人が対応しないのだ? などと突っ込まれたら、辻褄が合わなくなる。
もう一つは、『心底反省して隠居する事に決めた』とする事だが、皆の前で反省の弁を述べさせるのは……正直に言って無理だ。
だからと言って、近隣の村の衆の力も借りて押し込めたなどと、実情も言えん。
どうも困った状態じゃ」
え! 監禁でもしたの!
「押し込めた? 手荒な事をしたのか? 怪我人は?」
「イヤイヤ、『押し込めた』というのは言葉のアヤだ。手荒な事はしていない。
単に、付近の村々の衆にも集まって貰って、皆で口を揃えて翻意を促しただけだ。クロウズ自身に、批判が多い事を再認識して貰っただけだ」
昨夜、あれから更にそんな一幕があったのか……
「あんな親父でも、親父は親父。優しく育ててくれた恩がある。私は、極力、手荒な事はしたくない。
でも、昨夜のタツヤ様への態度は……アリエナイ……村の為に、断を下さねばならぬかと、思い詰める所でした。
だから、ハヤグロ様が人を集めて下さって本当に助かりました。
そして、勝手な言い分かも知れませんが、このまま穏便に済ませたい」
「ワシも穏便に事を収めたいが、ワシひとり口裏を合わるだけでは足りないのではないか?
無論、ワシはどんな協力もする。フグ村の衆が肩身の狭い思いをしたり、クロウズ殿に手荒な事をするのは、ワシも嫌だ。
だが、人の口に戸は立てられぬ。何かあった事は直ぐに広まるだろう。隠し立てするのは、要らぬ憶測を広げる事にならないだろうか?」
「……」
「やはり、タツヤ様はそういうか……だが、クロウズの奴の罪を明らかにすれば、それだけで面子が立たなくなる。もし、万一、タカトビにしたような『裁判』あんな儀式をされたら、クロウズだけでなくこのアラウズ殿も、血の涙を流す事になる。
そんな事態は避けて欲しい」
「さっきも言ったが、ワシも酷い事はしたくない。ただ、村々の協力関係にヒビが入る事が気掛かりなだけだ。
このまま黙ってフグ村の衆が去れば、要らぬ憶測を呼ぶかも知れん。『フグ村は、連合から足抜けしたのか?』とか『意見が通らなかった事に怒って、腹に一物抱えたのでは?』とか……
そうではないのだろ。
会議を中座するのは、他の村々とより確かな協力を結ぶ為に、フグ村の意見を統一したいからだろう。
それなら、アラウズ殿として皆の前で話すべき事があるだろう」
「そ、それはどのような……」
「タツヤ様は、フグ村の代表として、アラウズ殿が、兎村の聖戦への惜しみ無い協力を宣言せよと仰っている。
それは、私も思っておった」
「しかし、代替わりの儀もしていない私がそのような事を……」
「アラウズ殿。ワシは気掛かりなんじゃ。
仮に、何も言わずに、このままフグ村の衆が帰った場合、フグ村がどのように思われるか……決して良くは思われぬ。
それを避ける事が出来るのはアラウズ殿だけだ。覚悟を固めてくれないだろうか?」
「しかし、それは余りに僭越な行い。まだ、代替わりはしていない。今現在のフグ村の村長は、親父だ。
無論、親父には隠居してもらうし、私が次の村長である事に異論はない。
だが、もし、村の皆が私ではまだ若いと判断したら……無いとは思うが……村に戻って、仮にそうなったら、私は大嘘付きになってしまう」
それは、どういう意味なのだろう。アラウズさんは協力する気はあるが、フグ村の総意ではない。フグ村が連合から離反する可能性がそれなりにあると言いたいのだろうか。
ワシが話す言葉を選んでいると、ハヤグロさんが語気を強めて指摘し始めた。
「タツヤ様も私もクロウズやフグ村に傷が付かないように心を砕いているのに。その言い草はなんだ。
アラウズ殿! この難局を命懸けで越えようという覚悟はないのか! アラウズ殿自身が何が何でも村人の総意を取りまとめる、そういう気概を示して貰わねば、私らでは何ともならぬぞ」
「……しかし、それでは……」
ハヤグロさんに迫られて、アラウズさんは困りきった顔になった。
「アラウズ殿。ワシは、妖魔に怯えない島を本気で目指している。その為には、村々の協力関係を健やかに広げて行く必要がある。
一村たりとて疎かにするつもりはない。
だが、今、正に今、フグ村は村々の協力の輪から零れ落ちそうになっている。それを防げるのはアラウズ殿だけだ。
アラウズ殿が、今からの会議で、フグ村の総意を明らかにして欲しい。
不安があるのは判る。しかしだ、村長を継ぐとはそういう事では無いだろうか?
責任の重圧に耐えて、100人を超える村人の未来を切り開く。その為の決断を成す。それが、村長の本質的な役目だ。
クロウズ殿に出来ぬ以上、息子のアラウズ殿が、その役目を果たさねば……」
これ以上は脅迫になってしまう。だから、言葉は切ったが、言いたい事は伝わったのだろう。
最終的には、アラウズさんも同意して、会議に挑む事になった。
次は、後編です。




