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兎村の粛清(後編)

 センカワさんは、低く重い声で話し始めた。非常に不吉な事が始まったと肌で感じるほどの声音だった。


「兎村の聖戦で最も利益を得るのは、兎村だ。兎村が率先して負担を負う姿勢を見せて貰わねばならぬ。

 今年の大戦でも直近の村々は最大の負担を負った。男も女も老人も子供も一年中働き詰め。更には、多額の借金も作った。だが、しかし、それでも、不満は出なかった。

 無人地帯の奪回は、周りの村にとって至高の価値がある。何を引き換えにしても惜しくない。

 それが当たり前の話だ!!!」


 ここで、センカワさんは村人一人一人を確認するように広場を見渡した。


「この戦鬼タツヤ殿は、最小限の犠牲で最大限の戦果を挙げる、真の名将だ。今年、無人地帯を奪回する闘いで喪った戦士は3名だ。

 尊く掛け替えのない犠牲だが、無人地帯の奪回という成果に比べれば……

 しかも、その犠牲を兎村だけに押し付ける気はない。慈悲深きヒノカワ様から、『真に兎村の限界を越える分は配慮してやれ』と、お言葉を頂いている」


 そして、センカワさんは、村人の何人かを睨みつけてから、言葉を続けた。


「このヒノカワ様のご厚情に全力でお応えするのは当然の事だ。違反者は、例え、ヒノカワ様があのお優しい顔で許しても、このセンカワが許しはしない。さらに、仮に、万が一にでも、兎村に非協力的な者が居れば、他村の不審を招き、聖戦を危うくするかも知れん。それは、神々の意思にも反する事になる。


 決して、決して、許せぬ事だ。


 仮にも、万一にも、絶対あり得ないとは思うが、協力しかねるという思いが一片でもある者が居るなら、その者には兎村から去って貰うしかない。兎村と完全に無関係な場所に去って貰わねばならない。いや、元々兎村に居なかった事にせねばならない。

 もっとも、大本は、ヒノカワ様の慈悲だ。このセンカワもヒノカワ様の慈悲に反した惨い事はしたくない。だが、止むを得ず断を下す事はある」


 深く考えるべきでは無いが、単に追放するというだけでなく、本気で粛清すると脅しているように聞こえる……

 センカワさんの言葉は、村人にも、粛清の脅しと聞こえたのだろう。村人はどう応えるべきか顔を見合わせた。そして視線が村長に集中していった。


「センカワ様、誤解です。兎村には欠片も二心はありません。ヒノカワ様の慈悲に全力で応えるのは当然の話です!」


 兎村長(むらおさ)が、殆ど悲鳴を上げるように発言した。


「それなら重畳(ちょうじょう)。昨日は、何故か渋っているように聞こえたが誤解だったようだ。何か兎村に協力し難い重い事情があるのかと訝しんでいたが、本当に大丈夫なのだな。

 兎村には、これから1年、何百人もの戦士達を支える基地としての役目を果たして貰わねばならぬが、それに異存は全く無いのだな?」


「そ、それは……少なくとも詳細を聞かせて頂けないと、何ともお応えしようが……」


 村長の返答を聞いたセンカワさんは、ワザとらしく腕を広げ、侮蔑の表情を浮かべた。


「これまでの話を聞いて、まだそんな事を言うのか……呆れた事だ。詳細などと甘えた事を、このセンカワとてハッキリした事は判らぬ。詳細は、これから多くの村々と議論して決めねばならぬ事。その議論の結果が出ないと、協力するか否か決めきれぬなどと……『聖戦など要らぬ』と言っているのと同義と何故判らぬ。

 ふむ? 判らぬ筈は無いか。とすると、殆ど、ヒノカワ様への裏切りに等しいな」


 そして、兎村の男を一人一人、睥睨(へいげい)していった。センカワさんは、護衛として何人もの先鋭を連れてきている。兎村の男全員を軽く叩きのめせる程の戦力を連れてきている。その武力を背景にした威圧を受け、兎村の男達は青ざめた顔になった。


「他に、聖戦の意義を理解せぬ者、限界までの負担を忌避する者、ヒノカワ様の慈悲を信じられぬ者は、居るか?

 ふふ、名乗り出よと言っても詮無き事か。

 まあ良い。その裏切り者を連れていけ、息子もだ。

 ああ、此処にはタツヤ様が居られる。外からの賓客だ。だから、猪村の名を汚すような事はするなよ。処分は、ヒノカワ様とよく相談して、公平に行うつもりだ。まだ、刑罰は決まっていない。それなのに、勝手に乱暴をする野蛮な村、猪村がそんな侮りを受けるような事は絶対するな」


 村長とその息子をセンカワさんの護衛が引き摺って行った。誰も、抵抗しようとしない。事実上の粛清はあっさりと終了した。(むご)い事にならなければ良いが……


「さて、愚かな裏切り者は、あの二人だけだな? 他の者は、命に代えてでも、聖戦に尽くすな?」


 センカワさんは、此処で言葉を切って村人を見回し、凶悪な言葉を吐いた。


「返事が無い。という事は全員あの者と同じという事か? 残念だ」


「ヒ、ヒノカワ様万歳、聖戦万歳……」


 何を言われたのか気付いた村人がバラバラと歓声を上げ始めた。


「小さ過ぎて何を言っているか判らぬ」


「「ヒノカワ様万歳! 命に代えてでもご厚情にお応えします」」


「兎村人は、皆風邪で声が出ぬか? それでは十分な貢献が出来ぬな」


「「……「「ヒノカワ様万歳!」」……」」

「「……「「聖戦に全身全霊を捧げます!」」……」」

「「……「「裏切り者に冷厳(れいげん)な裁きを‼︎」」……」」


 センカワさんは、兎村人の声が枯れるまで、歓声を止めることを許さなかった。


 次は、蓬莱島の噂です。今後、少しづつ、作品の舞台を広げていく予定です。

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