蓬莱島の噂
単に村長を粛清しただけでは混乱を生むだけだ。センカワさんは、その場で、次々と兎村人に対応を指示していった。
その一つ、熊村での会議における、兎村代表はハヤドリの兄のハヤテさんが指名された。聖戦の象徴──聖女ハヤドリ──との関係が深い。また、旅商人であるカイタロウさんと一年間も一緒にいて、兎村人としては比較的多くの村を知っている。その二つが、指名の理由だ。だが……
「お前の役目は、会議に『居る』事だけだ。兎村の全ては、このセンカワが決める。余分な事は一切喋るな。
特に、村長について聞かれたら、『村人総出の聖戦の準備の為に、こんな若輩者しか会議に送れず申し訳ありません。全ては、猪村様にお任せしております』そう誤魔化しておけ。名前など絶対言うなよ」
センカワさんは、そう言って、発言権を縛ってしまった。
また、聖戦終了までの間、猪村の戦士を兎村に駐留させる事も告げられた。表向きの理由は、無人地帯の偵察を進める為だ。だが、反抗が起きたら直ちに処断するという意味にもなる。
今日6月18日の午前中は、そうやって粛清とその後始末で過ぎてしまった。そして、昼飯はセンカワさんに誘われて、旅人小屋で一緒に取る事になった。
「お見苦しい所をお見せして恐縮です。
しかも、結果的にタツヤ様に助けられた。最小限の混乱に留められたのはタツヤ様のお陰です。本当に何から何まで申し訳ありません」
「ワシのお陰? いえ、ワシは混乱を治めるような事は何も……」
「あの場に居て、聖戦を支持する態度を示して下さっただけで助かりました。あの場で、他に反抗する者が出たら、更に苛烈な事をせねばならなくなる。
あれは、単に『勝てる』程度では無く、圧倒的な力の差が無いと出来ぬ事でした。しかし、その戦力を集めるために日数を掛けたら……兎村の反抗心が更に確固たる物になる可能性があった。
兎村の村人達。彼等は、タツヤ様が敵になる悪夢を感じていた。だから、あれ程に、穏便な手で済んだ。
タツヤ様が居なければ、より苛烈な、例えば問答無用で頭をカチ割るような、そんな手を使わざる得なかったでしょう」
何時も疲れた顔をしているので、気付かなかったが、センカワさんは、マジで殺れる人なのだろう……だとすると捕まった村長は……
「安心して下さい。わたくしめも、人を殺したくは無い。これ以上の悪事──村人に無法を働いていたとか──が、無ければ殺める気は有りません。
息子共々、助命する気です。単に、口を封じて、兎村長では無かった事にするだけです」
如何、顔色を読まれてしまった。ワシは、政治家としてはまだまだ未熟だ。でも、助命するって? 可能なのか?
「助命する……でも、兎村と完全に無関係な場所など……縦貫構想もある。そんな場所、無いのでは?」
ワシの指摘を聞いて、センカワさんは一瞬だけ、惚けたような表情になった。そして直ぐに、一つうなづき言葉を継いだ。
「タツヤ様も、何でもかんでも知っている訳では無い。全く説明が足りませんでした。
『兎村と完全に無関係な場所』、確かに、冥土送りと誤解されても仕方ない表現です。でも、違うのです。あれは、奴隷として蓬莱島に売り飛ばすと脅しただけなのです」
今生で初耳の地名に疑問を感じていると、センカワさんが追加で説明してくれた。
「海の向こうから、毎年のように大船が来ます。例年だと、そろそろ来る時期です。その、大船の本拠地は蓬莱島と呼ばれています。何でも、東の仙郷とかいう意味だそうです。まあ、意味はカモフラージュかも知れません。どう考えても、西の方向にあるとしか考えられないから。
その蓬莱島の大船が一番喜ぶのは奴隷です。奴隷なら何時でも買ってくれます。特に、体力がある男や若い女性は良い値が付きます。
蓬莱島の奴隷になってしまえば、兎村に係る事はあり得なくなる。名前も、買主の都合で変えられます」
「大船が来ると聞いた事がありますが、蓬莱島と言うのですか……でも、奴隷にするのは、なぶり殺しにするのと変わりないのでは」
「知らないとそう思えるのでしょう。イモハミ婆様もそうでしたが、内陸の方は、『さんざ嬲りものにされて、最期は惨殺される』そんな風に想像するようですね。
でも、違うのです。奴隷に売り飛ばされてから、何十年も生きている。わたくしめは、そういう実例を幾つも知っています」
「そうなのですか……でも、どうやってそんな事を調べられたのですか……」
「大船が来る理由は商売です。だから、此方の言葉が解るものが居た方が良い。その通訳となるのは、何十年も前に売り飛ばされた奴隷です。
子供が居る女性の場合が殆どです。『逃げれば、子供を奴隷に堕とす』そう脅されれば、逃げる気を失うから。
逃げる事は出来ないけど、彼女らも故郷については関心があり、隙を見て話し掛けてくる事は多い。代わりに、蓬莱島での暮らしについて聞くことができます」
「奴隷でも、子供を持つことが出来るのですか……」
「父親は、その女を慰み者にした蓬莱島の男です。だから、庶子とはいえ、自分の子供を奴隷とする気は無いのでしょう。
それに、奴隷を欲しがる大元は、蓬莱島民が不足しているからです。別に虐めたい訳では無い。蓬莱島で生まれ育った子供が、蓬莱島の為に働くなら、それで主人は満足なのだと、通訳の女が話していました。
そして、こんな事も話していました。
女は慰み者、男は苦役の連続、それが奴隷。我が子をそんな目に合わせたくない。我が子を蓬莱島民と認めてくれるなら、主人の為に、自分を売り飛ばした故郷を諦めるのは当たり前だと」
「蓬莱島では、奴隷の子は、必ずしも奴隷では無いのですか……」
「少し、話が逸れましたね。本題は、あの男を奴隷に堕とす事が酷いかどうかだったはず。
兎村人への聴取とヒノカワ様との相談も必要ですが、あの男を息子共々、奴隷に堕とすのは、正義に適うと考えています。
奴は、兎村人が塗炭の苦しみから抜け出すチャンスを握り潰そうとした。そして、ヒノカワ様の慈悲を信じず、ヒノカワ様を疑い続けた。
昨日、わたくしめが何刻も疲れ果てるまで説明し続けたのにも係わらずです。更には、大戦を勝利に導いた当のタツヤ様の演説を聴いてもです。
あんな態度では、聖戦が失敗する。その結果、何年か先に、兎村が滅び村人全てが死に絶える。
それは、兎村を生き延びさせようと、長年にわたり心を砕いたヒノカワ様への裏切りです。
ヒノカワ様への裏切りなど、このセンカワが許しはしない」
次は、兎村の状況把握です。




