魔術士達の将来計画
途中で話の流れに気付いて、ワシは顔色を変えないように気を引き締めた。だが、虹さんは、動揺している。カゼハミさんに見抜かれている。ワシとて嘘が上手い訳では無い。下手な嘘は見抜かれるだろう。何と答えたものか。
「イモハミ婆さんやお母上のカワハミさんが、何を考えているのか、本当の事はワシには判らない。何より、ワシには子や孫などいない。子を持つ親の気持ちになれる訳では無い」
これは、余りにも客観的過ぎて、嘘には聞こえないだろう。目の前の幼児が、実は子や孫を持ったことがあるなどど、想像できるはずも無い。
「でも、客観的な事実なら説明する事は出来る。魔術士の数はまだまだ足りない。今、修行している者が開眼する頃に、魔術士が溢れているなどという事は無い。
だがな……それは、他人が客観的に見ての事だ。イモハミ婆さんやカワハミさんの立場では、違うように見えるかも知れない」
「どういう事なの?」
「ワシは、この島の大まかな形や魔術士の数を把握している。そういう魔術を持っている。それによると、この島の魔術師は、現在60人程度しかいない。それに対して、村の数は300はある。可能なら、村に二人は居て欲しい。断絶を防ぐため経験が深い呪術士と若い呪術士の両方いて欲しい。つまり、島にいて欲しい魔術士の数は600人だ。
現状、居て欲しい人数の10分の1しか居ないんだ。
そして、熊村の治癒小屋の修行者は年平均3名しかいなかった。20年後、全員が開眼しても、追加は60人、合計で120人程度にしかならない。
残る480人を今の修行者数──15名──で確保しょうとしても、さらにそれから32年先だ。
客観的に、数字だけ並べればそういう状況だ」
「この島には、村が300もあるの??? 何か信じられない??? それに、島の中でも遠い場所の事は関係ないのでは???」
「自分の子や孫について考える場合、普通はそうだろう。北部大連合の参加村67村で考えれば、20年か30年後には十分な人数を確保できるだろう。
だが、ワシは誓った。この島から妖魔の巣を駆逐すると。だから、300村を意識する。まだまだ全然足りないと感じてしまう」
「でも、熊村で修行しても、そんなに遠くに移住できる訳はないから関係ないでしょ?」
「いや。そうでもない。ワシの推測では、島の南端までのルートを確保するのに10年は掛からない。
昨年、連合参加村が潰した繁殖地の総計は100を超える。
そして、島の南端まで直線的に経路を確保するなら、繁殖地を100も潰せば足りる。それに、船を大型化してムツゴロウ村から船で移動するというアイデアもある。
島の南端までの経路確保も……実は、連合に参加する村々の優先順位の問題なんだ。
そう。ワシは、戦士達に、ここを妖魔に怯えない島にしてみせると誓った。いつの日か、村々を口説いて、島中行き合えるようにする。
極端な話に聞こえるだろう。だが、ワシが開眼してからの2年で、トンビ村からヒノサキ村の行程の3分の1は打通された事になる。10年は、決して非現実的な目標では無いんだ」
「「「……」」」
「タツヤ様。今のお話は本当の事でしょうか。何時か私も村に帰る事が出来る。そう信じて良いのですか。
タツヤ様の来訪で、希望を取り戻したヒノサキ村が、万難を排して私を修行の旅に出した。島を縦断する過酷な旅、私を守る為、護衛の4人は……
彼らの誠意を無にしない為、最期の3日は一人で走破した。
必ず治癒術を身に付けて、皆の家族に報告したい。絶望していたけど、それが可能なら……」
ワシの言葉を聞いて、ハヤナガレさんが目頭を押さえ、震える声で呟いた。
「激しく難しい挑戦であることは否定しない。だが、大勢の戦士達の前で誓った『この島から妖魔の巣を全て駆逐する』と同様に、嘘偽りないワシの本音だ。
ハヤナガレさんは、その日に向けて身体に気を付けながら、修行に励んで貰えれば良いんだ。
それに、ワシならヒノサキ村まで一飛びだ。今年の大戦が終わった後にでも、ハヤナガレさんの伝言を伝えに行こう」
「ご、ごめんなさい」
そして、一言叫んで走り去っていった。手で隠していたが泣いているのは、明らかだった。
「表情を変えない、氷女のハヤナガレさんが……
……でも、事情は解ったわ。自分の可愛い娘や孫を島の端に移住させる必要があるのか? そんな問題だったのね。娘に苦労させる位なら、どんなに危険でも遠くの村から修行に来てもらえれば良い。娘には、別の特技を身に付けさせて近くに置いておけば良いのでは?
お婆様、お母様は、そんな事を考えていたのね。
特に、熊村は人数が多い。ひ孫の代になると、呪術士の多さが現実的な問題になるわ。
周りの村には、『呪術士が少ないから修行に来い』と勧めるくせに、自分の孫には別の選択をさせる。
女として、浅ましく見える。
そんなの聞いても、正直に答えてくれる訳は無い。
そして、子のいないタツヤさんと温度差があるのは当たり前だわ。第一、余りにも常識外れな目論見だし」
ふう~、何とか誤魔化せたようだ。
本当は、今からワシが集める才能保持者との競争の懸念だ。だが、才能保持者を集めても数十年は不足し続ける。
この嘘はついて良い方便だろう。
次話は、ライゾウさんの訪問です。




