ムササビ村の状況〜8回目の塊鉄炉〜
塩造りの三代目設備について、仔細に議論できたワシは、その日は予定通り泊まった。勿論、激励を名目に魔術の才能を持つ子供の探索もした。才能保持者は見つからなかったが、落胆する物でもない。
そして、9月16日の朝、トンビ村経由でムササビ村に向かった。
何と言っても、鉄造りが上手く回れば、出来ることの幅が大きく広がる。
ムササビ村に着くと、想像したより多くの人が働いていた。ミナミカゼさんに案内して貰ったが、らしくなく興奮している。
「造って貰った窯用の穴の20個の内、15個迄は運用開始出来ているよ。大量に必要になるから、炭と煉瓦をどんどん作らせている。
鉄造りの方も、丁度今朝、8回目の塊鉄炉に火を入れた所だよ。実は、前の炉で残った耐火煉瓦を再利用して造ってみたんだ。どうしょうも無い部分もあるけど、使えそうな部分もあるからね。再利用が上手くいけば、煉瓦の節約になって生産体制の見通しが明るくなる。
タツヤさんに用意して貰った貝貨だけど、予想以上に使ってしまったよ。実は、炭の消費量が跳ね上がりそうだったので、切り倒して貰った木の処理も貝貨で対応してマキとして確保したんだ。他にも、周りの村から人手を出しての土木作業に、結構使ってしまったんだ。
だから、出来た鉄は、バカ高い値段になってしまった。でも、喜んで買ってくれる村があって助かっているよ。
それと、出来た鉄の半分は、ここの道具を作るのに充てる事にした。ハンマーと金床があると、品質が段違いになる。火バサミも重宝している。多少、贅沢かも知れないけど、マキが不足する恐れがあるので斧も作らせて貰った」
結構、順調みたいだ。安心だな。
「大変な勢いで進めて貰って助かっている。追加で貝貨が必要なら準備するが、何か他に困った事とかはあるだろうか?」
「皆、自分からは言わないけど、健康状態だと思う。火傷や打撲など日常茶飯事だし、休みも足りない。一応、トリハミが全力で魔法薬を作って対応しているけど、みんな強がってしまって困っている。
長期戦になるから、ケガや体調不良は休むようにと言っているんだけど、中々守ってくれない」
「あとでワシが全員を診ておく。穴掘りや伐採より、よほど優先だ」
「他は、出来れば、鉱脈の破砕を進めておいてくれると助かる。タツヤさん以外にあんな速度で出来る人は居ない。タツヤさんが破砕しておいてくれると、凄く助かる」
それから、各人に治癒や施療を掛けて回ったが、皆無理をしている。まだ、治癒術を習得していないトリハミさんでは、手が回る訳がない。時々、ワシも来て様子を見に来ることを心に決めた。後は、夕方に近くなるまで、鉱脈の破砕と土操作を使った根の処理の手伝いをした。
夕方近く、多くの者と一緒に鍛冶場に集まった。鉄を鍛える場面を見学するためだ。カシイワ師匠と試行していた頃に比べると、かなり道具が充実している。前世で見た物に比べると、道具の形が全然違うが、気にしない。
そして、カシイワ師匠が、灼熱しスポンジ状になった塊鉄を取り出した。トンビ村で造った時と比べて、少し大きい気がするし、灼熱している部分も多そうだ。
火バサミを使って金床に運んだ。それをもう一人の男性がハンマーでたたき始めた。灼熱したスラグが飛び散っていく。勿体ないように見えるが、あれは不純物、この作業はあれを飛ばすのが主目的だ。赤い内に何度かひっくり返して叩き続けている。そして、斧で適当な大きさに切り分けて行った。
完成したのだろうか? まあ、まだ熱すぎてどうしょうも無いから、確認は明日だな。
「タツヤ、どうやら成功したようだ。前回の時と手応えはあまり変わらなかった。煉瓦の使い回しで炉が脆くなって途中で壊れたりしないか、心配だったが、どうやら問題ないようだ。スラグがこびり付いてどうにもならん個所もあるが、煉瓦を使いまわせるなら、どんどん炉を作って、どんどん鉄が作れる。
炉自体の試行錯誤もより容易になる」
「カシイワ師匠お疲れ様。どんどん工夫してくれているようで嬉しいよ。炉もより大型にしたりとか、試行錯誤の余地は多量にあるはずなので、どんどんやってくれると嬉しい。ただ、そもそも品質を一定にすること自体が難事だろうから、試行錯誤の結果が良くなくても悲観したりしないで欲しい」
「がはははは、実は3回目と5回目の鉄は、少し期待外れだったんだ。だけど、強度は多少落ちても鉄は鉄で、利用方法は幾らでも思いつく。今は、多少の失敗で悲観するような余裕などないさw」
師匠、凄く楽しそうだ。ミナミカゼさんもだけど、新しい技術の開発は、結構楽しいんだろうな。
◇ ◆ ◇
その晩、主要メンバーと熱く語り合った。翌朝、鉄の確認に同行した。何人かで硬さや脆さを真剣に確認している。
「7回目に造った物と遜色無いようだ。安心した。では、もう一踏ん張りしよう」
ワシが朝飯を食っている間に再加熱用の炉に火が入れられていたようだ。鉄片を炉に入れて加熱し、ハンマーで叩いて変形させる。望みの形にする迄、何度も繰り返し繰り返しだ。
見る限り、ハンマーの種類が足りなさ過ぎる。だが、今は無理やりでも進めるしか無いんだろう。
「望みの形にするのは大変そうだね」
「そうだね。よくよく考えてハンマーを振るわないと思った形にならない。あまり、無理をすると、歪やヒビで脆くなる。そう、カシイワさんがボヤいていた。
道具の種類を増やしてやり易くしてやりたいけど、半分は武器に回さないと、『話が違う‼︎』と不満が爆発しかねない。
それに、開拓用の鍬や木工用の手斧も待って貰っている。苦労を掛けるけど我慢して貰うしかない。
タツヤ君が言っていた、焼き入れとか、浸炭とかを研究するのは、悪いけどまだまだ先の話になる」
ふと、漏らした感想に、ミナミカゼさんが生真面目に応えてくれた。イカンイカン。ワシは慌て過ぎじゃ。
次からの新章でアマカゼとの関係を少しだけ前進させます。




