61話 獣人
謁見の間で我の前に狐が顔を上げる。
我は荘厳且つ優美な姿勢で言葉を渡す。
『狐よ、側付きの任、良く全うした。先の戦いでの活躍も評価し、お主に名を授ける』
『はっ』
『名はスイレン。──スイレン・コトノハ。これからはそう名乗るが良い』
『スイレン、とても美しい響きでありんす。主よ、わっちは嬉しうありんす』
『うむ、その名は最強の狐の名となろう。これからの縄張り争いで存分にその名を拡めるが良い』
『はっ!』
眷族の皆が集まる中、厳かな空気を漂わせ我は狐に言い渡し、謁見の間を出た。
『では鹿よ。獣達を退かせ』
『御意に』
我は今、鹿と共に荒地に赴き、豊穣の儀の準備をしておる。
荒地に住む獣達を一時退かし、我の豊穣の儀に巻き込まれぬ様にするのが側付きの仕事。
鹿達は一糸乱れぬ動きで森に住む獣達を誘導していく。
『相変わらず、いや、日々練度が高まり続ける素晴らしい群れだ』
『我らにはそれしか無い故』
『謙遜するでない。狼は狩りこそ上手いがここまで応用の効く群れは見たことがないぞ』
『過分な評価、感謝致す』
『ただお主は堅物過ぎるのは良くないがな』
『……』
『クク、冗談じゃ。“じょーく”じゃ。そう拗ねるでない』
『……群れの皆を見て参ります』
『うぬ』
最近気付いたが、鹿は戦闘以外の心の持ちようは以外と雌よりも脆いのかも知れぬのぉ。
つい面白くなり言葉で遊んでしまうのじゃ。
許せ鹿よ。
狐が見事責務を全うし、鹿に側付きの任を言い渡して早四ヶ月。
狐の時はまぁまぁ忙しかったが、今は随分と落ち着いておる。
落ち着きはしたが、戦前と比べて変わったことがある。
エルフ達が時たまに森に入り、恵みを手に持ち出て行くのだ。
恵みの種類は木の実やキノコ、草や水まで多岐に渡る。
森へ入る時は我の目となっている猿に案内させ、そこで我らの恵みを分け与えている形だ。
他の森とは何が違うのかサシャや鹿に聞いてみれば、我の森で取れる恵みは魔力が多分に含まれており、薬、食事、道具に至るまで高品質な物が作れるらしい。
そしてただ高品質なだけでは無く、材料になる素材が絶滅し、失伝しかかっていた秘薬の材料の代わりになり得るのだという。
秘薬の効果は精霊を癒す薬だとか。
基本、生きている獣達からは干渉出来ずにいる精霊達が邪気に侵される事があるらしい。
その精霊を侵した邪気を浄化させるのがその秘薬の効果だと言う。
ウリ達にも必要かと聞いてみたが、我の世界樹の隣に居ればよっぽどの事がない限り大丈夫だそうだ。
石に囚われた精霊も邪気はとっくに浄化されているので必要ないとの事。
心の病、何とかしてやれれば良いがの。
まだ眼を覚ますことは無さそうだ。
『我が主人、配置準備整い致した』
『うむ、では始めるのじゃ』
我は角に魔力を込め、揺らす。
鐘の音が鳴り、白くなった場所から草木が芽生える。
これが我の豊穣の儀。
一歩踏み、更に森の手を伸ばす。
ここに住む獣達よ、健やかに強くなれ。
我はそう願いながらまた一歩踏み出す。
そうして荒地の森化が半分ほど進むと、肩を震わせこちらを伺っていた鹿の一部が殺気だった。
『鹿よ、何かあったのか?』
『……いや、気にする必要は無く』
『申せ、集中出来ぬ』
『……人間が複数見つかったと報告が入り致した』
なんだと。
ここは森の最も東の荒地。
サシャの話であれば東側には人間の縄張りが無いはず。
『む?ここは森の東側ぞ?人間がいたのか?』
『何か妙な人間だと言う報告入り致した。所々我らの様な耳や毛を生やしており、皆も対処に困っておる様で…』
『……そやつら、今はどうしておる?』
『我らの群れの前で首を垂れ、全身も地に伏せております』
『我は今手が離せぬ。そやつらが害を与える様であれば殺してしまえ。豊穣の儀が終わってもまだいる様であれば、また対処を考える』
『御意に』
東から獣の毛と耳を生やした人間。
また妙な物を見つけてしまったようじゃ。
丸一日が経ち、荒地だった場所は見事な白い森へと生まれ変わった。
中央には泉が吹き出し、それを囲う様に白い木々が高々と覆い茂っている。
隠れ、我の様子を窺っていた獣達が豊穣の儀が終わり次第森へ戻って行く。
彼らの目に我への畏れと感謝、少しの忠誠が宿っているのが分かった。
うむ、我ながら素晴らしい仕事ぶりじゃ。
「チュー」
ネズミが我の前へ少し体を出し、どんぐりを置いて立ち去って行く。
うむ、献上品か。
気持ちを受け取る意味も込め、回収しておこう。
他にも様々な獣達の鳴き声を聞き、挨拶に来た獣へ挨拶を返した。
鹿達はその間も我の周りで警戒を続けておる。
うむ、皆面白き獣達よ。
そこで異質な一団が我の前へ現れた。
「◻︎◻︎◻︎◻︎」
此奴らが報告にあった獣の様な人間達か。
「ブルッ!」
「「「「ッ!」」」」
「ヒュイ」
後ろに控えた大鹿が体を持ち上げ高々と威嚇しよる。
『よせ、鹿よ』
『分かっておりますが、関係を分からせねばなりませぬ』
『ならば良い』
それは必要な事だ。
向こうの言葉は聞いた事が無い。
ならばエルフとは関係が無い、ということか?
判断しきるには情報が足りないの。
『人間よ』
「「「「ッ!?」」」」
人間達が慌てる様にひれ伏し頭を下げた。
うむ、それで良い。
『貴様らの長は誰だ』
見たところ20人ほどか。
よく見れば皆子供か?
一人、一番体が大きな人間が立ち上がり、前へ出てひれ伏した。
「◻︎◻︎◻︎◻︎!」
『我に貴様らの声は伝わらぬ。我から貴様らに声を届けるのは造作もないがな』
「◻︎◻︎◻︎」
『貴様らは何処から来た。指をさせ』
「◻︎◻︎◻︎」
長は立ち上がり、振り返って指を刺した。
『東か、まあ良い。親はどうした。貴様ら皆子供であろう』
そう問えば、長を始め、皆涙を目に溜め、またある者は流し、泣いた。
何か良からぬ事があったのであろう。
子供の涙は、我はあまり好きではない。
胸が痛むのじゃ。
例えそれが人間でもの。
『貴様らは住む場所を探してここまで来たのか、どうかは知らぬ。ただ、子供を追い返せばそれもまた我の威光に翳りが見えよう。一つ、場所をくれてやる。後は好きにせよ』
皆が目を丸くし、一斉に頭を深く地に沈め、何かを叫ぶ。
分からぬが、感謝は伝わった。
『鹿よ、此奴らを一つ前の我の縄張りにした森へ送ってやれ。あそこはまだ誰も手を付けておらぬであろう?』
『はっ!あそこは今、獣達の縄張り争いの勝者が得る事になっております』
『そこの勝者にはこの地をくれてやれ。あそこは我の城からも多少近く、管理がしやすい。この童共は念の為、我が近くで見ておくとしよう』
『御意に』
『では城に戻るとする。童共、後ろから付いて参れ』




