第18話「最深部の宝を、俺たちは一つだけ持ち帰る」
台座に触れた後、七人で帰路についたが、帰り道で気づいた。
台座のある通路の横に、別の扉があった。
守護者の問答に集中していて気づかなかったが、通路の右側に低い扉があった。高さは一メートルほどで、大人が屈んで入れる大きさだ。扉に鍵はない。普通に開いた。
「開きますね」とミアが言った。
「そうですね」
「入りますか」
「確認してから決めます」
フィンが先に入った。一分後に戻ってきた。
「罠はない。ただし、広い。かなり広い。中に何かある」
「何が」
「光るものだ。量が多い。財宝の類だと思う」
全員が顔を見合わせた。
「入ってみましょうか」と俺は言った。「荷物が重くなる前に確認します」
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中は、本当に広かった。
百年前に採掘していた鉱山の深部が、そのまま残っていた。ただし、採掘物は消えていて、代わりに別のものが積み上がっていた。
金貨、宝石、古い武器、魔道具、書物。
天井まで積み上がっているものもあった。
「……これは」とクロエが言った。
「多いですね」と俺は言った。
「多い、という言葉では足りないと思います」
「そうですか」
ガードが「これだけあれば、一生働かなくていい量だ」と言った。
「そうかもしれません」
リナが「持って帰れますか」と言った。
「何個くらい想定していますか」
「全部」
「全部は難しいです。荷物の重量計算が合わなくなります」
「全部は無理か」
「一人一つ、小さいものなら問題ない計算になります」
「一つだけか」
「荷物が重くなると帰り道の速度が落ちます。今日の補給は帰路分まで計算しています。それ以上の重量を加えると、補給が足りなくなる可能性があります」
リナが「……分かりました」と言った。
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「一つだけ選んでください」と俺は全員に伝えた。
「時間はありますか」とクロエが言った。
「三十分以内で」
「分かりました」
全員が散らばった。俺は入口近くに荷物を下ろして、帰路の補給の最終計算をした。七人分、往路の消耗分を差し引いて、残り量を確認した。元リーダーの分も計算に入れていた。問題ない。ただし、荷物の重量が増えれば計算が変わる。一人一つ、小さいものなら許容範囲だ。
フィンが戻ってきた。
手に、小さな石を持っていた。
「それですか」と俺は言った。
「そうだ」
「石ですね」
「鉱山の石だ。百年前に採掘されたものだ。他の財宝とは違って、特に価値はない。ただ」
「ただ?」
「この石の産地の記録が残っていた。俺の故郷の近くの山から来ている」
「故郷の石、ということですか」
「故郷は、もうない。ただ、この石があった場所は残っている」
俺はフィンの持つ石を見た。小さく、地味で、財宝の中で一番価値がなさそうだった。
「重くないですか」
「ほとんど重くない」
「では、計算の範囲内です」
フィンが石を荷物袋に入れた。元リーダーが「故郷の石か」と言った。「そうだ」とフィンが答えた。それ以上は言わなかった。
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ミアが戻ってきた。
手に、小さな盾の装飾品を持っていた。拳ほどの大きさで、金でできている。
「盾の装飾ですか」と俺は言った。
「はい。本物の盾じゃなくて、小さい飾りですが」
「なぜそれを選びましたか」
ミアが少し考えた。
「守れなかった人への、約束みたいなものにしようと思って」
「どういう約束ですか」
「守り続ける、という約束です。ここに来るまでに、少し守れるようになりました。これを持っていれば、忘れないと思って」
「軽そうですね」
「はい。重さは問題ないです」
「では計算の範囲内です」
ミアが「ありがとうございます」と言って、盾の装飾品を大事そうに荷物袋に入れた。
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クロエが戻ってきた。
手に、薄い本を持っていた。
「書物ですか」と俺は言った。
「はい。百年前の魔法理論書です。この時代の魔法理論は現在のものと体系が違います。読めれば、今の魔法に応用できる知識があるかもしれない」
「重さはどのくらいですか」
「計ってみました」とクロエが言って、袋から小さな秤を出した。「百二十グラムです」
「秤を持ってきていたんですか」
「財宝を選ぶかもしれないと思っていたので、昨夜荷物に入れました」
「準備がいいですね」
「準備することは大事だと、最近分かってきました」
「誰かに学びましたか」
「あなたです」
俺は少し止まった。
「そうですか」
「そうです。では計算の範囲内ですか」
「百二十グラムは問題ありません」
クロエが本を丁寧に荷物袋に入れた。
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リナが戻ってきた。
手に、何も持っていなかった。
「選べませんでしたか」と俺は言った。
「選ばないことにしました」
「理由は」
「持ち帰りたいものが見つからなかった。金貨も宝石も、持ちたいとは思わなかった。武器は今の剣の方がいい。魔道具は使い方が分からない。書物はクロエさんが持っていく」
「何もなかったんですか」
リナが少し考えた。
「一つだけありました。でも、持っていけないものでした」
「何ですか」
「この場所に来た記憶です」
俺は少し間を置いた。
「持ち帰れますか」
「頭の中には持ち帰れます。荷物には入れられないですが」
「計算の範囲外ですね」
「そうですね」とリナが言って、少し笑った。
「ここに来た記憶の、何が大事ですか」
リナが少し考えた。
「怖いと言いながら全力を出せた日のことです。あそこに全員がいて、俺の全力が誰の迷惑にもならなかった。それが大事です」
「それは、前のパーティにいたとき、なかったことですか」
「なかったです。あなたに最初に言われたとき、信じられなかった。今は信じています。それが、ここに来た一番の変化です」
俺は頷いた。
「それは、持ち帰れます」
「頭の中に、ということですか」
「そうです。荷物には入りませんが、なくなりません」
リナが「そうですね」と言った。少し目が赤かった。泣きそうなのか疲れているのかは判断できなかった。
俺は頷いた。
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ガードが最後に戻ってきた。
手に、何も持っていなかった。
「ガードさんも選べませんでしたか」
「選ばなかった」
「なぜですか」
ガードが少し止まった。
「俺が選ぶものは、ここにはなかった」
「そうですか」
「金貨でも宝石でも武器でも、今の俺には必要なものが分からなかった。強くなるためのものは持っている。財産は十分ある。欲しいものが、思い浮かばなかった」
「欲しいものが分からない、ということですか」
「……そうかもしれない」
「ガードさん」
「なんだ」
「それなら、俺たちと一緒に帰るものがあります」
ガードが俺を見た。
「何だ」
「帰った後で、みなさんと飯を食うことです」
ガードが少し固まった。
財宝が天井まで積み上がっている部屋で、荷物持ちが「飯を食うこと」を持ち帰るものとして提案していた。
「……それが、俺が持ち帰るものか」
「荷物には入れられないですが、頭の中には入ります。リナさんと同じです」
ガードが、リナを見た。リナが「そうです」と言った。「重量はゼロです」と付け加えた。クロエが「概念的な意味では正確です」と言った。ミアが「私も頭の中に持ち帰るものがあります」と言った。フィンが「石だけ持ち帰る」と言った。
ガードが全員を見た。
それから、俺を見た。
「お前のパーティは、変な連中ばかりだな」
「そうですか」
「……だから、強いんだと思う」
ガードが少し黙った。
「……分かった。飯を食おう」
「よかったです」
「お前は本当に、変わらないな」
「そうですか」
「三年前から、そういう人間だったのか」
「たぶん、そうでした」
「俺が気づかなかっただけか」
「そうかもしれません」
ガードが短く息を吐いた。今日で何度目かの、あの溜め息のような笑いのような音だった。
「帰るか」
「帰りましょう。今日の補給、最後の分を渡します」
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七人で帰路についた。
深層を戻るとき、守護者の空間をまた通った。守護者はいなかった。台座も、扉も、岩の空間だけが残っていた。何かを守るために作られたものが、役目を終えたのかもしれない。
封印の扉を通った。扉は開いたままだった。
中層に戻ると、空気が変わった。深層の魔力の重さが抜けて、体が少し軽くなった。それだけで全員の歩幅が広がった。
「楽になりましたね」とミアが言った。
「魔力密度が戻ったので」と俺は言った。
「体が全然違います。深層にいるときは、どこか重かった」
「三十分おきに補給を取っていたので、大幅な消耗は防げていますが、魔力過多の影響は補給では完全には防げません」
「それでも、消耗が少なかったのは補給のおかげですか」
「そうだと思います」
「ありがとうございます」
「仕事ですので」
元リーダーは、中層から自力で歩けるようになっていた。三週間ぶりにまともな食料を取ったせいか、みるみる顔色が戻っていた。ミアが時々支えた。元リーダーが「すまない」と言うたびに、ミアが「いいです」と答えた。三回繰り返された。四回目に元リーダーが謝ったとき、ミアが「もう謝らなくていいです、元気になってください」と言った。元リーダーが黙った。
上層を抜けた。
入口が見えてきた。
「あそこを出れば、外です」とミアが言った。
「そうですね」
「無事でした」
「無事でした」
「……よかったです」
ミアの声が少し震えていた。泣いているのか、疲れているのか、判断できなかった。両方かもしれない。
外に出た。
夜になっていた。
星が出ていた。廃坑の中では見えなかったものが、外に出たら見えた。
全員が少し立ち止まって、空を見た。
「……きれいですね」とミアが言った。
「そうですね」と俺は言った。
「セルさんは、星を見てきれいと思いますか」
「思います」
「本当ですか」
「本当です。ただ、今は補給の残量を確認しています」
ミアが「もう」と言って笑った。リナが「最後まで補給の話をしている」と言った。
「大事なことなので」
「分かっています」とリナが言った。「それがあなたです」
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王都に向かって歩き始めた。
星明かりの下で、七人と一人が歩いた。
元リーダーが俺に並んだ。
「あなたが荷物持ちですか」
「そうです」
「フィンのパーティの」
「そうです」
「……あなたに、一つ聞いていいですか」
「どうぞ」
「なぜ俺の分の補給食を用意してくれたんですか。フィンを裏切った人間の分まで」
俺は少し考えた。
「腹が減った人間がいたので」
「それだけですか」
「それだけです」
「俺がフィンを裏切ったことは、関係ないですか」
「補給食を渡す判断に、関係はないです」
「……なぜそう言えるんですか」
「腹が減っているかどうかと、何をしたかは、別の話だと思っているので」
元リーダーが少し黙った。
「……私は、フィンに謝らなければならない」
「そうですね」
「謝っても、許してもらえないかもしれない」
「それはフィンさんが決めることです」
「あなたは、許せますか、俺のことを」
「あなたに何もされていないので、許すも許さないもないです」
元リーダーが「……そうですか」と言った。それ以上は何も言わなかった。
フィンが後ろから並んだ。
「俺に言いたいことがあると言っていたな」
元リーダーが「ある」と言った。
「言え」
「……すまなかった。お前の情報を売った。俺の判断だった。取り消せない」
フィンが少し間を置いた。
「分かっている」
「許すか」
「……今はまだ答えられない」
「そうか」
「ただ、今日一緒に帰ってきた。それだけは確かだ」
元リーダーが「そうだな」と言った。
二人が並んで歩いた。
俺は手帳を開いた。
「七人と一人で帰ってきた。全員の補給計算は合っていた」
書いた。
それから一行加えた。
「ガードが持ち帰るものは、飯を食うことだと言った」
手帳を閉じた。
星の下を、全員で歩いた。
王都まで二時間ある。
「明日、ギルドに報告に行きますね」とクロエが言った。
「そうですね」
「廃坑ダンジョン最深部の調査完了。第四のパーティの生存者一名救出。守護者との対話。台座への接触。記録することが多いです」
「ナハトさんに伝えます」
「スキルの鑑定も受けてください。台座に触れた後で、何かが変わった可能性があります」
「そうですね。明日受けます」
「何が変わっているか、楽しみです」
「そうですか」
「……そうですよ」とクロエが言った。「あなたが何者かが、もう少し分かるかもしれないので」
「荷物持ちということは変わらないと思いますが」
「変わらないかもしれません。ただ、もう少し正確に分かります」
俺は少し考えた。
「それで、何かが変わりますか」
「変わらないかもしれません。ただ、知っておきたいです」
「なぜですか」
クロエが少し間を置いた。
「……あなたが何者かを、私は知りたいと思っています。ずっと前から」
リナが「クロエさん、それはそういうことですか」と言った。
クロエが「理論的な話をしています」と言った。声が少し高かった。
ミアが「でも、確かにセルさんのことをもっと知りたいですよね」と言った。
全員が俺を見た。
俺は手帳を開いた。
「明日の鑑定の予約を書いておきます」
全員が「もう」と言った。声がバラバラだったが、同じタイミングだった。




