第1話「荷物持ちは要らない——そう言ったのはお前たちだ」
冒険者の仕事は、前に出た者が評価される。
剣で魔物を倒した者、魔法で敵を吹き飛ばした者。目に見える形で何かをした者が称賛を受け取り、
ランクを上げる。それは正しいことだと思う。
俺の仕事は違う。出発前に荷物の重心を確認すること。補給食の残量を計算すること。地形を把握して補給路を設計すること。仲間が疲れる前に休憩を提案すること。装備の消耗を把握して、限界になる前に交換を手配すること。
地味だ。でも必要だと、俺は思っていた。
名前はセル・ヴァーン、二十四歳。Sランクパーティ「銀の牙」の、添乗係だった。
昨日までは。
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「以上が、俺からお前に告げることだ」
パーティリーダーのガード・クロスが、テーブルの向こうで腕を組んでいた。宿の個室、夜の九時。他の三人はいない。部屋を取った時点で、俺には分かっていた。
「戦力として、計算できない」
ガードが淡々と言った。感情的ではなかった。怒鳴るでも、責めるでもない。ただ事実を述べる口調だった。
「お前がいると、全員の動きが良くなる気がする。気がする、というのがポイントだ。測定できない。数値に出ない。俺は数字で判断する。数字に出ないものは、あってもなくても同じだ」
あってもなくても同じ。
その言葉を、俺は頭の中で二度繰り返した。
「銀の牙は次のステージへ行く必要がある。Sランクの中でも上位を目指す。そのためには、戦力を整理する必要があった。お前の席はない」
「分かりました」
俺は言った。
「いつまでに出ればいいですか」
「……明日の朝でいい」
「承知しました。荷物の引き継ぎをしていきます。補給食の在庫と、次の依頼までの補給路の計算書を置いておきます」
ガードが何も言わなかった。
俺は立ち上がった。
「三年間、お世話になりました」
ドアを開けて廊下に出ると、銀の牙の魔法使いが壁際に立っていた。目が合った。向こうが視線を逸らした。俺は反対方向へ歩いた。
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部屋に戻って、引き継ぎ書きを書いた。
補給食の在庫一覧。次の依頼の補給路案三パターン。各メンバーの装備の消耗状況と交換推奨時期。ダンジョン攻略時の荷物配置の注意事項。
二時間かかった。
書きながら、三年間のことを考えた。
銀の牙に入ったのは俺が二十一歳のときだ。ガードにスカウトされた。「お前がいると不思議と全員が動きやすくなる。理由は分からないが来てほしい」と言われた。理由が分からないと言いながら来てほしいと言った。あのときのガードの方が正直だったかもしれない。
一年目、CからBに上がったとき、ガードが「お前のおかげかもしれない」と言った。「気のせいじゃないですか」と俺は答えた。二年目、AからSに上がったとき、別のメンバーが「不思議と疲れない、補給のタイミングが完璧だ」と言った。「そうですか」と俺は答えた。三年目、今日。測定できない。あってもなくても同じ。
怒りは、あまりなかった。
ガードは嘘をつかない人間だ。本当にそう思っているから言った。本当のことに怒っても仕方がない。ただ、傷ついたか傷ついていないかと言えば、少し傷ついた。それだけだ。
引き継ぎ書きをテーブルに置いた。荷物を背負った。宿を出た。
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王都の夜は賑やかだ。
酒場から声が漏れて、露店がまだ出ている。俺はその中を、特に行くあてもなく歩いた。明日からどうするかは考えていない。ギルドへ行けば再登録できる。Fランクからやり直しになるかもしれないが、仕事をすれば上がる。問題ない。
ただ今夜だけは少し歩きたかった。
俺がいると「全員の動きが良くなる気がする」と、ガードは言った。
三年間、一度も考えたことがなかった。荷物の重心を整えて、補給のタイミングを計算して、装備の消耗を管理する。それをするだけで精いっぱいだった。
まあ、どちらでもいいか。もうここの仕事ではない。
銀の牙のことは考えないようにした。考えても荷物の計算は変わらない。
ただ一つだけ気になることがあった。
「全員の動きが良くなる気がする」——ガードは確かにそう言った。気がする、で終わらせた。三年間、誰もそれ以上は言わなかった。俺も聞かなかった。
俺が荷物の重心を整えると、なぜ全員の動きが良くなるのか。
答えは出なかった。出るわけがない。俺には分からない。分からないことに時間を使うより、明日の段取りを考える方が有益だ。
王都の西の外れまで来たとき、路地の入口に人影があった。
座っているのか倒れているのか分からない。近づくと、若い女だった。赤みがかった短い黒髪。細身。冒険者装備だが、かなり汚れている。顔色が悪い。
俺はしゃがんだ。
女が顔を上げた。鋭い目が俺を見た。警戒している。当然だ。
「腹が減っていますか」
「……何」
「補給食を持っています。よければ」
女がしばらく俺を見た。
「毒でも入っていると思ってください。味は保証しません。ただ、腹には入ります」
「毒が入っていると自分で言う人間がいるか」
「信用されないよりはましだと思って」
女がまた黙った。それから、小さく「……くれ」と言った。
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近くの水場で、補給食を渡した。
乾燥豆と干し肉と硬い携帯パン。旨くはないが栄養はある。水で少し戻して食べやすくした。女が受け取って食べた。最初は少しずつだったが、三口目から速くなった。全部食べて水を飲んで、しばらく黙っていた。
「……ありがとう」
「いえ」
「あなた、何者」
「元Sランクパーティの添乗係です。さっきクビになりました」
女が少し目を細めた。
「添乗係って、荷物持ちのこと?」
「荷物の管理と補給と地形把握と装備の整備です。まあ、荷物持ちで合っています」
「Sランクパーティの荷物持ちが、なんでこんなところを歩いているんですか」
「行くあてがなかったので」
女がまた黙った。俺は彼女を観察した。装備の消耗具合から、かなりの期間まともに補給を受けていない。腰の剣は本物の使い込み方をしている。背中の筋肉のつき方は攻撃特化の剣士のそれだ。これだけ鍛えているのに、この状態にある。
捨てられたか、逃げてきたか。どちらかだろうと思った。
「あなたは」と俺は聞いた。
「冒険者。だった。パーティを……抜けた。抜けさせられた、かな」
「そうですか。俺も今日、パーティを抜けました。同じですね」
「同じじゃない」
言いかけて、女は止まった。何かを飲み込んだような顔だった。
「……何が違うんですか」
「私は……戦えない、って言われた。全力を出すと邪魔だって」
「全力を出すと邪魔、とは」
「うるさい」
リナが顔を逸らした。言いすぎたと思っているのか、それとも俺に聞かれたくなかったのか。どちらか分からなかったが、今は深入りしない方がいいと判断した。
「……名前は」
「セル・ヴァーンです」
「リナ。リナ・ブレイズ」
「よろしくお願いします、リナさん」
リナが少し気が抜けたような顔をした。警戒が、わずかに緩んだ。
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「今夜、泊まるところはありますか」
「ない」
「なければ宿に一緒に行きましょう。代金はこちらで出します」
リナが俺を見た。
「なんで」
「断る理由がないので」
「……普通、そういうことを見知らぬ人間に言わない」
「信用してもらわないと動けないので、先に言いました」
リナがしばらく俺を見ていた。
「一晩だけ」
「どうぞ」
「明日になったら別れる」
「そのときはそのときで」
「……一つだけ聞いていいですか」
「どうぞ」
「あなたは今日クビになって、なんで怒ってないんですか」
俺は少し考えた。
「怒っても荷物の計算は変わらないので」
リナが俺を見た。呆れているのか感心しているのか、よく分からない顔だった。
「変な人」
「そうかもしれません」
俺たちは宿に向かって歩き始めた。
夜風が少し冷たかった。リナが歩幅を合わせてきた。気づいているかどうか、本人には分からないだろう。俺も指摘しなかった。
しばらく歩いて、リナが言った。
「あなた、今日クビになったのに、なんでそんなに落ち着いているんですか」
「落ち着いているわけじゃないかもしれません。ただ、次にやることが決まっているので」
「何をやるんですか」
「明日ギルドに行って、再登録します。それだけです」
リナが少し黙った。
「……私も、同じことをしようと思っていた」
「そうですか。じゃあ一緒に行きますか」
「一晩だけって言ったばかりじゃないですか」
「別れた後でも、ギルドは同じ場所にありますよ」
リナが「……そうですね」と言って、前を向いた。表情が少し変わった気がしたが、夜で暗くてよく分からなかった。
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部屋に入って、荷物を下ろして、ベッドに腰かけた。
手帳を取り出して、明日の計算を始めた。貯金の残高、当座の生活費の試算、ギルドへの再登録手続き。一人なら月いくら。
気づいたら二人分の計算をしていた。
癖だ。特に意味はない。
窓の外を見た。王都の夜が静かになってきている。
銀の牙のことを考えた。明日から誰が荷物を管理するのか。補給食の在庫を確認するのか。引き継ぎ書きは置いてきたが、それを読む人間がいるかどうかは分からない。
まあ、それはもう俺の仕事ではない。
ベッドに横になった。目を閉じようとしたとき、壁の向こうから声が聞こえた。リナの部屋の方角だ。独り言のようだった。最後の部分だけ聞こえた。
「……あなたって、何かしているのに気づいてない?」
俺に話しかけているわけじゃないだろう。
ただ、少し考えた。
何かをしている。荷物の重心を整えて、補給のタイミングを計算する。それ以外に何をしているというのか。
三年間、何もしていなかった。だから測定できなかった。あってもなくても同じだった。
そういうことだ。
明日、ギルドへ行く。Fランクから再登録する。仕事を探す。それだけだ。隣の部屋のリナが明日も一緒にいるかどうかは分からない。「一晩だけ」と言っていたから、たぶん別れるだろう。
手帳の計算を眺めた。
二人分の生活費がきれいに計算されていた。
……直すのが面倒なので、このままにしておいた。
俺は眠った。




