第二十二話 働けない時間
22話です
朝、畑の端で、セラがしゃがみ込んでいた。
「……大丈夫?」
声をかけると、彼女は顔を上げずに片手を振った。
「大丈夫。……ただ、ちょっと気持ち悪いだけ」
「水は?」
「飲んだ。……飲んでも戻ってくる」
“戻る”と言い方を変えているあたり、まだ余裕はある。
だが、余裕があるうちに扱わないと、村は鈍る。
先生は、板を持ってきていた。
今日は数字ではなく、線を引くためだ。
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午前。
作業はいつも通り始まった。
だが、ひとつだけ違う。
セラの手が、止まる。
止まっても、誰も責めない。
責めるより先に、皆が同じことを思っていた。
“ああ、来たか。”
「先生」
女の一人が、小声で言う。
「……これ、そういうやつ?」
先生は頷く。
「可能性が高いです」
「確定は?」
「まだ」
確定していないのに、村の空気が変わる。
この村は、確定より“兆し”に弱い。
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昼前。
セラは日陰に座らせた。
その周りに、女たちが自然に集まる。
「いつから?」
「知らない」
「夜、控えた日もあるのに?」
「控えても、ゼロじゃないでしょ」
言葉が軽い。
だが、目は笑っていない。
先生は板に書く。
体調が落ちる
→ 作業量が落ちる
→ 配置を変える
→ 口が増える
→ 管理が増える
「先生、それ……」
「現実です」
セラが息を吐く。
「じゃあ、私は役に立たない?」
「違います」
先生は即答した。
「役割が変わるだけです」
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午後。
配置を動かす。
重い作業からセラを外す。
代わりに、余っていた男を入れる。
男は一瞬、戸惑った顔をしたが、すぐ鍬を握った。
「……俺でいいの?」
「今は、お前が一番いい」
誰かが言った。
「重いの、慣れてない奴に回すと壊れる」
壊れる。
道具の話のように言うが、誰も笑わない。
人も、壊れるからだ。
セラは軽い作業に回った。
種の選別、縄の結び直し、記録の確認。
手は動く。
だが顔色はまだ薄い。
「先生」
彼女が小さく言う。
「……私、怖い」
「何が?」
「働けない時間」
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先生は板の下に、短く書き足した。
働けない時間
→ 村が弱くなる
ではない
働けない時間
→ 村が準備できているか試される
セラはそれを読んで、少しだけ口元を引いた。
「嫌な試験」
「合格しないと、次へ行けません」
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夕方。
畑の端で、男たちがひそひそ話している。
「……で、誰の?」
「言うな」
「でも気になる」
「気にしたら崩れる」
崩れる。
夜の制度は、まだ薄い。
薄いから、感情がすぐ染みる。
先生は、あえて止めない。
止めるなら、仕組みで止める。
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夜。
集まりは短かった。
灯りは少ない。
声も少ない。
「今日は……」
誰かが言いかけて、止めた。
「やめとく」
別の声が被せる。
理由は言わない。
だが皆、同じ方向を見ている。
セラは布の端に座っていた。
誰かの手が一瞬伸びる。
触れそうになって、止まる。
「……ごめん」
「いい」
その二言で終わる。
欲があることは否定しない。
ただ、今は使わない。
それだけの判断が、ようやく村に根づき始めた。
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翌朝。
畑は回る。
昨日より少し遅いが、止まらない。
セラが水を飲み、戻さずに済んだ。
それだけで、女たちの肩が少し下がる。
先生は板に書く。
兆しが出た日
→ 体を守る
→ 配置を守る
→ 噂を薄める
→ 仕事を落とさない
少年がそれを読んで言った。
「先生」
「はい」
「子どもって、増えると楽になるんじゃなかったの?」
先生は、少し考えてから答えた。
「楽になるために、先に苦しくなる」
「やだね」
「ええ」
セラが、微かに笑った。
「でも……」
「はい」
「村が私を落とさないなら、悪くない」
先生は頷いた。
「それが、続けるということです」
誤字脱字はお許しください。




