第五話『腹黒』
「「かんぱ~い!!!!」」
ところ変わって黒の森のとある屋敷。
ランプ一つの明かりしかないその部屋は
とても暗いが、その暗さに似つかわしくない
底無しに明るい声が響き渡った。
ランプの薄明かりに照らされた
大きな大きなテーブルには、所狭しと
豪華な料理が置かれている。
テーブルを囲むのは三人。
こんがりと焼かれたチキンに鋭い牙で
がぶり、と噛みついた黒い御者。
室内でも決して帽子を取らない彼は、
一番大きい声でケタケタと笑っている。
骨までバリバリとチキンを平らげる
御者をツマミに、グラスを傾けるのはピアだ。
とてつもなくご機嫌に、ニコニコしながら
何本ものボトルを空けていく。
酔った様子は微塵も見せず、ザルらしい。
(黒の森内では飲酒に年齢制限はない)
彼女は、学園で“鉄仮面”と呼ばれていたなどと
言われても誰も信じないであろう
満面の笑みを浮かべて、また一杯呷る。
そして、ダリアルはというと。
ピアにぴったりとくっつかれ、寄りかかられ……
御者からの視線というか圧が怖すぎて
食事を楽しむどころでは無い。
とりあえず、なるべくピアを見ないように
配られたケーキの一切れをチビチビ食べていた。
「なはは! 最高だったねぇピアちゃん!」
「えぇ、ほんと。
あの時の王太子殿下の顔ったら!」
なはは! ウフフ! と止まる事の無い
笑い声に挟まれて、ダリアルは
何とも言えない顔をしている。
正直、ちょっとスッキリはしたが
ダリアルは白の都の生まれだったのだ。
他の民よりは“黒い”けれど、あそこまでの
惨状を見せられたら喜びよりも心配が勝る。
そんなパートナーの顔を見て
心中を察したのだろう。
ピアは笑うのを少し止めて、
少し曇ったダリアルの顔を覗き込む。
「あら? やっぱりダリアル様は
お嫌だったかしら。」
「嫌というか……これから白の都が、
どうなっちゃうのかなって。」
「ダリアル君ったら、自分を捨てた連中
心配してあげてんスか? まっじめ~!」
ダリアルはただ、ピアから合図されたら
“インク瓶”を開けるように、と言われて
それを実行しただけだ。
そう、空で中身が詰まっていないインク瓶を。
しかし、中身が無いの空の瓶ならば。
容量が許す限りインクをたっぷりと
詰め込めるのだ。
あの瓶は、その為だけに作られた特注品。
「ウチの貴族達は“白”に固執しています。
だから、〖その白を奪われてしまった〗
彼らはどうなるんですか?」
ダリアルの質問に、ピアと御者は目を合わせる。
そして、心底楽しそうにそっくりな笑顔を
二つ浮かべた。
「「貴方 (君)みたいにな (るっスよ)りますわ!!」」
ダリアルがインク瓶を開けた瞬間、
会場の貴族達から“白”が抜けたのだ。
髪がダリアルのようにブチ模様になる者もいれば、
先端だけが黒くなった者、黒色の目になる者。
真っ白、そして純白を求めている貴族達が、
皆〖染まり柄〗になってしまったのだ。
兵士も貴族も王族も阿鼻叫喚である。
手鏡を見て発狂したり、黒い目になった妻を
平手打ちする夫、卒業生の我が子の
黒くなった毛をむしり取ろうとしたりする
母親もいた。
王妃に至っては自慢の白髪が真っ黒になった。
その時の国王の顔といったらもう面白い。
そんな二人の息子である王太子は、
婚約者であるピュア嬢に庇われて
無事だったらしい。
代わりに、ピュア嬢も王妃のように
真っ黒になってしまったが。
そして、正気に戻った王太子が
ピアとダリアルを捕縛するように
兵士に指示を飛ばしたが、時すでに遅し。
もう既に、二人の姿は会場に無かった。
スタンバイ済みの御者に促されるまま
黒の馬車に乗り込み、飛ぶように
黒の森の屋敷へと逃げ込んだのだ。
都の有力な貴族達を襲った混乱の後始末に追われ、
ここまではそう簡単に追ってこれないだろう。
逃走の最中、御者もピアも
とにかく笑いが止まらなかった。
服も着替えず、勢いそのままに
この祝勝パーティーを開いている。
「俺みたい、に?」
「そっスよ~。
ダリアル君みたいに性格悪くなるんス。
どれくらい“黒く”なるかは、
抜けた“白”の量にもよるけどねん!」
「最初にも言いましたけれど、
ダリアル様は黒の民に比べれば
可愛いものですわ。
でも、“白”によってご自身を律してきた
白の都の皆様は……今まで耐えてきた誘惑に、
耐えられるかしらね?」
「なんか……それって俺が
聞いて良い話なんですか?」
“白”“黒”というのはただただ体の色、
お互いの民が好む色なのだと思っていた。
でもピア達はダリアルよりももっと深く
事情を知っているようだった。
確かに、何故か自分は白を奪われなかったし、
そもそも白色を回収したインク瓶といい
謎は多い。
(インク瓶は現在ピアが持っている)
卒業パーティーでパートナーとして
使うためにピアに貰われたダリアルは、
彼女のペット的な扱いだ。
下手したら消されるんじゃないだろうか。
「もしかして用済みだから、と
私達に消されると思っていらっしゃる?」
「それはないっしょ~。
だって君、認めたくはないけど
ピアちゃんの婚約者だし?」
「えっ。」
「えっ。て何よ、
あ゛? ピアちゃんになんか
不満あんのかガキィ……!」
「ひどいですわ、ダリアル様。
卒業パーティーまでの一週間で、
私達は婚約したじゃありませんか。」
「いや、え、そうなんですか!?」
ダリアルは一気に混乱した。
ピアから突き付けられたのは、白の都で
用いられている婚約証明書。
確かに自分の文字で、自分の名前が
記されて……え、いつ書いた!?
ニコニコと笑うピアと、ガルガル唸る御者。
この一週間、エスコートの訓練と
御者からの護身術講座とピアとのお茶会は
体験したが、婚約証明書に名前を書いた事なんて
無かったはずなのに!
……それはそうである。
これはピアによるダリアルのサインの
緻密な模写なのだから……。
「私、元々ダリアル様が
気になっておりましたしね。
成績も良し、人柄も良し、
そして何より……お顔が良い!!!!
白の都を大混乱に陥れた共犯者ですし、
これからは私の人生の共犯者に
なっていただきたいわ。」
「と言う訳で、君はピアちゃんの下僕っス。
……断れるなんて思うなよ?」
「はい。」
ダリアルには、「はい。」以外の
選択肢は残されていなかったのだ。




