番外編第二話『銀世界』
「ごめんなさいね、ワルド伯爵令息。
私はこの度ペルラス王太子殿下と
婚約する事になったの。」
「……承知致しました。
ワイティ公爵令嬢、貴女様が新たな輝きとなり
この都を一層白く染め上げますよう、
祈っております。」
シルヴァ・ワルドは伯爵家の次男であった。
髪は白いが、両目が黒い〖染まり柄〗の彼は
異例にもワイティ公爵家の長女シュネーテの
婚約者候補として、厳しい教育を課せられていた。
シルヴァが目上の公爵令嬢の相手候補に
選ばれた理由は、その顔である。
偉大な白王とそっくりな顔をして
生まれた彼は、たったそれだけを理由に
名誉ある候補にまで引き上げられた。
〖染まり柄〗のシルヴァには、幼い頃から
念には念をと徹底的な思考の矯正が行われた。
公爵家の子孫達に白王と同じ容姿を
継がせる為だけ、つまり種馬扱いのシルヴァに
必要なのは妻となる女性の役に立ち、
顔を立てる事のみ。
補佐に必要な教養と、閨で主たる妻に
恥をかかせないよう夜伽も教え込まれた。
だが最終的には情勢や勢力を鑑み
シュネーテは王太子に嫁ぐ事になる。
白の民達に自覚は無いのだろうが、
〖染まり柄〗はていの良い使い捨ての道具。
雑に扱っても問題が無く、要らなくなれば
黒の森へ捨てればいい。
シルヴァ・ワルドもたちまち用済みとなり、
黒の森へ捨てられてしまったのだ。
そして黒の民の誰かに殺される前に、
運良く (?)奴隷商に拾われた。
顔の良いシルヴァは、そのまま黒妃の元へ
男娼として売られてしまったのである。
「シルヴァと申します。
至らぬ点があるとは思いますが、
精一杯お相手を務めさせていただきます。」
『……。』
黒妃お抱えの、何人もいる男娼達は
日替わりで彼女の相手をしている。
生粋の黒の民もいれば〖染まり柄〗もいる
彼らは事件を起こして消されたり、
「本命が出来た」などの理由で入れ替わりが
激しく、いちいち名前を覚えていられないほど。
そんな彼らに混ざって黒妃の城で
飼われる日々を過ごしていたシルヴァは、
今日が初めて担当の日だった。
寝台に座って足を組み、こちらを見下ろす
黒妃はとても美しい……のだが
部屋に入ってきたシルヴァを見た途端、
思いっきり顔をしかめて無言を貫いている。
白王を嫌って都から出奔した黒妃に、
その男そっくりのシルヴァが相手として
宛がわれたのは何の因果だったろうか。
だが、シルヴァは黒妃から殴られようが
殺されようが文句は言えない。
彼女の持ち物として、仕事をするだけなのだ。
『……フフッ、その顔で
“至らぬ点”だなんて言うのね。』
「お気を害されたでしょうか?」
『フフ、ウフフ!
あらあら、もう……あの男と同じ顔で
そんな事を言わないでちょうだい。』
「申し訳ありません。
顔を潰した方が良いでしょうか。」
『顔を潰す?
アハハ、なんて事!』
黒妃は急に、笑い始めてしまった。
夜伽をする為に呼ばれて来たというのに、
今は全くそんな気配がない。
どうしたものかと困っていると
黒妃が寝台から降りて、床に座っている
シルヴァの顎を細い指で持ち上げた。
真っ黒な、光の無い目がシルヴァを映す。
『とてもとても、不愉快な顔のお前。
さっきは興味が無くて聞いていなかったから
改めて今、名前を聞いてあげる。』
「シルヴァ・ワルドと申します。」
『そう、シルヴァ。
「顔を潰した方が良いか」と言っていたけれど、
本当に潰してくれるのかしら?』
「私の主は黒妃様です。
お好きなようにお使いください。」
『あぁ、なんて可笑しいの!
もうやだわ、アハハッ!』
淡々と答えれば答えるほど、黒妃は
シルヴァを気に入っていくようだった。
白王と同じ顔をしているが、中身は
全く違う事が面白いらしい。
黒妃の言葉に、シルヴァが甘さも愛も
含まれていないただの言葉を返しては
愉快そうに彼女な笑う。
記念すべき初夜は睦み合う事もなく、
そうやって終わってしまった。
そしてまた何人もの男娼が宛がわれ、
またシルヴァの番が来た。
黒妃の寝所に呼ばれて、彼女の前に座る。
『ねぇお前、わたくしを愛せる?』
「愛せません。」
『あらまぁ……それはどうして?』
今回の問答は少し趣向が変わったらしい。
黒妃からの新たな問いに、シルヴァは
考える素振りすら見せずに即答した。
主たる黒妃は表情を変えないまま、
理由を言うように促す。
「私が愛を持つ必要が無いからです。
そう、教育を受けました。」
『へぇ、惨めね。』
シルヴァは道具、そう育てられた。
だからこそ誰かに愛されなければならないが、
彼が愛す必要など無い。
黙って主に使われていれば良いのだ。
そして、持ち主の愛が無くなれば
ゴミとして捨てられて死ぬだけなのだから。
「お気分を害して申し訳ありま
『だから、わたくしはお前が気に入ったわ。』
濁りのない黒い瞳でそう断言した
シルヴァを、満足げな顔をした黒妃は
寝台へと引き込む。
閨での教育を受けていたにも関わらず、
シルヴァは何も出来なかった。
されるがまま、黒い妃に骨の髄まで
染められてしまったのだった。
黒妃に愛されたシルヴァは、少しずつ
彼女の色に染められていく。
そう、主人に「愛しています」と
自分の意思で伝えられる程度には。
その様子を見て、ますます黒妃は
シルヴァを寵愛する様になったという。
結果、他の男娼達は徐々に
黒妃の閨に呼ばれなくなった。
その数は減っていくばかりで、増えなくなった。
最終的には一人残されたシルヴァが
毎晩のように呼ばれ、そして朝になれば
召使い代わりにあくせく働かされる。
そんな生活を何年か続けたのち
シルヴァは、長い歴史の中で唯一
黒妃との間に子供を儲けた男となったのだ。
黒妃が産み落としたのは男児で、
ゼブと名付けられた。
一応、黒妃はまだ白王と夫婦扱いなので
不義の子という事になるだろう。
(黒の森ではよくある事)
まあ、それを言ったら白の都の王家も
元々はそうであるのだが。
黒妃の“黒”の濃度が高いせいで、
〖混ざり柄〗であるはずのゼブは
灰色ではなく、白と黒がはっきりと分かれた
珍しい色合いの髪で生まれてきた。
自身そっくり、つまり白王とも
同じ顔立ちをしたゼブに、シルヴァは自ら
“父”と名乗る事は無かったが、聡い息子は
何となく事情を察していたのだろう。
そしてまた数年後、今度は
なんとも愛らしい娘が生まれる。
ピアと名付けられた赤子は、兄から
溺愛されてすくすくと成長していったが、
やはりシルヴァは父としてではなく
使用人として子供達に接した。
勿論我が子達を愛しているが、
統治者たる黒妃の子供、その父親が
一介の使用人であってはいけないからだ。
ゼブもピアも、そんなシルヴァの意思を汲んで
主の子供として接していた。
全ての騒動にカタがつき、黒妃が
ただの人間となってもシルヴァは
彼女の使用人として、今も側にいる。
黒妃だった頃の彼女は昔から
姿が変わっていなかったけれども、
彼女の間に生まれた息子と娘は昔とは
比べ物にならないほど大きく成長した。
ピアなんて、城に婚約者を連れて来たと
思ったらいつの間にか結婚まで話が進んでいる。
お相手は、自分のように〖染まり柄〗で
どこか気弱そうな白の民の青年。
グイグイ来るピアに押され気味どころか
押し倒され寸前であった。
……母娘で男の好みって似るんだなぁと
心の底で思いながら、また今夜も
シルヴァは“元”黒妃に寝台へと連れ込まれている。
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「お母様は何故、シルヴァを選んだのですか?」
『顔よ。』
「顔……。」
『わたくしはあのクソ男に
嫌気が差したから逃げ出したけれど、
顔だけは評価していたわ。
クソ男と同じ顔をしているなら
惨めで、虐めがいがあって……
染めがいのある空っぽの方を選ぶ、
当然でしょう?』
「なるほど。」
『ピア、良く聞きなさいな。
主食を選ぶ時は贅沢をしなさい。
いつまでも食べ飽きないように、
見た目も良くて中身も好みの男一択よ。』
「はい!」
「黒妃様、お嬢様に変な教訓を
授けるのはおやめください……。」




