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第十話『色褪せる』




白の都の中央に聳え立つ、巨大な白。

その白亜の城の最上階、汚れも埃も

見当たらない真っ白な扉の前に、

一人の女性が立っていた。


地面に這う長い漆黒の髪。

生気を微塵も感じさせない真っ暗の瞳。

ボディラインを強調するピッタリとした

真夜中の色をしたドレスは胸元が大きく開き、

女が醸し出す艶かしさを底上げしている。


まっさらな世界に佇む明らかな異物を

排除しようとする者はいない。

ひどく気だるげに見える女は

目の前の扉をゆっくりと開け放つ。

開けた先にいた男がこちらを見ているのを

確認すると、整った顔を思い切り歪ませる。



『待っていたよ、■■■■。

……ようやく、会えたね。』


『わたくしは会いたくなんて無かったわ。

□□□□□様。』



数百年の時を経て、白王と黒妃。

この国の正式な“国王夫婦”が顔を合わせた

瞬間だった。

















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




「じゃあ、俺達〖染まり柄〗は

黒妃の呪いなんかじゃなく、ただ下地の

黒が見えてるだけ……?」


「色を直接持つ白王と黒妃から溢れた色が、

世界を上から塗りつぶしているのです。

貴方達、民が持っている“色”は

ペンキで上から塗られたようなモノだと

思ってくださる?


生まれもって塗られたの量が少ないと

下地がむき出しになってしまうでしょう?

隠し切れなくなっただけなのですわ。


それに白の都の貴族達は、定期的に

婚姻を調整して、血の濃さを保っていました。

だから、上に行けば行くほど下地の色も

濃くなってしまい尚更目立ちます。


それが〖染まり柄〗と呼ばれている

人々の真実ですのよ。」



ピアとダリアルはゼブの馬車に揺られ、

白の都へと移動している最中だ。

『わたくしは先に終わらせておくから、

貴方達は、後から来るように。』と

黒妃に言われた為、指定された時間に

屋敷を出る。


〖染まり柄〗であるダリアルは、

世話話として婚約者から自身の事実について

告げられて思わず外を見る。

あんなに家族からも周囲からも

冷遇されたのに、そんな発生理由だったなんて。

窓から見えた白の都は、常に白い雲に

覆われているはずなのに今日は重い暗雲が

立ち込めていた。


俺、やっぱり少しも悪くなくない?

白の民として生まれる時にランダムで

発生してしまう現象なら、どうしようも

出来ないじゃないか。



「そもそも白の民の下地の黒は、

白王から遺伝したモノです。

当時、まだ“黒王”だった彼が限りなく白……

つまりお母様に似た灰色の女性と浮気して

出来た子どもが白の都の初代王。


まだ黒を司っていた“黒王”時代に

産まれた子どもですから、

子孫にも黒が受け継がれています。」


「……王と妃で、“色”の交換が起きてますよね。

もしかして“黒妃”様が出ていった時に?」



婚約者の指摘に、ピアは満足そうに

目を細めた。


黒王と白妃二人が同じ場所にいた為、

灰色の国はその名の通り、全てが

灰色になっていた。

だが妃は都を飛び出し、国は白黒に二分される。

そして、本来なら白の都の民達は

黒の民になっていたはず。


しかし、“黒王”は白王となり

“白妃”が黒妃となった。

ダリアルの言う通り色の交換が起きている。



「えぇ、そう。

お母様は白を置いて、黒を奪っていきました。


……元伴侶が、自身と同じように

己の色で苦しむように。」



















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



『■■■■、失ってやっと気付いたんだ。


白は何よりも自分を縛る。

故に、君が“神”から白を受け取って

私を拒むようになったのは、全て色のせい

だったのだね。』



そう、当時の国の王子とその婚約者であった

公爵令嬢に“神”から色を与えられた。

ただの人間だった二人は色に身体と心を縛られ、

今日この時まで、振り回されてきたのだ。



『違うに決まっているでしょう?

働きもせずに浮気三昧、湯水のように

散財ばかりのろくでもないクズ男。

そんな貴方に愛想が尽きただけ。』



黒王は混沌の黒に引っ張られ、

王族らしからぬ振る舞いをするようになる。

多くの男女を侍らせ、国の予算を自らに使い、

最悪な事に、召使いや国民を虐げて

遊び始めたり。


秩序の象徴として心を固く縛られた

白妃は、伴侶である黒王のやらかしの尻拭いを

淡々とさせられる事になる。

黒王の夜の誘いも断らねばならないほど

多忙の中、当て付けのように連れ込まれる

伴侶の浮気相手の嬌声に、耳を塞いで

耐えていた。


そしてとうとう黒王は一線を越えてしまう。

といっても、生真面目で貞淑な白妃に

嫉妬をさせたかった程度なのだろう。

だがその為とはいえ、伴侶に良く似た

灰色の娘に、自分の子まで産ませたのである。


一方、裏切られ存在を否定された

白妃は当然ながら激怒した。

そもそも多忙なのは黒王のせいだったのに。

黒を白に塗り直す行為、すなわち尻拭いには

もう疲れたと、黒王から黒を奪い取り、

灰色の都を飛び出して正反対の位置に

広がっていた大きな森に住み着いた。


その結果、都は“黒”が抜けて白の場所になり、

灰色の森は真っ黒に染まった。

黒き王は白き王に、白き妃は黒き妃に。

元々は黒王と白妃が共にいたからこそ

灰色だったこの王国は、黒き王の黒い行いにより

白黒に分かたれてしまったのだ。




『あんな生活を強制されたら、

誰だって逃げるに決まっているわ。』


『でも君は、こうして帰って来てくれた。

私の元にね。』


『気持ちが悪いわねぇ。

まさか、わたくしがまだ貴方の事を

好きだとでも?』


『当然だろう?

私達は愛し合う夫婦なのだから。』



自身に向かって両手を広げる白王を

憎々しげに睨みつけながら、彼の隣に

歩みを進める黒妃。


彼女は夫に対して黒い感情しか

持っていないのに、当の夫は今も妻に

深く愛されていると信じている。


白王は、己が白色に縛り付けられて

ようやく分かったのだ。

ルールを守るような行動しか許されず、

そこに自分の意思は介入させられない。


雁字搦めに縛り付けられて息苦しいのだ。

まるで水の中に沈められて、永遠に

溺れ続けさせられているようだ。


だからこそ過去、どれだけ

彼女を傷付けたのかも分かった。

白王は隣に立った黒妃に、微笑みかけて

懐から二本の万年筆を差し出す。



『私はもうこれに色を注いだ。

これから私達は、永遠に一緒だよ。』


『……。』



その言葉と同時に、白王の身体が

薄れて消えていく。

どうやら“神”が与えた色を回収する道具らしく、

彼は既に白を全て注いだようだ。

永い年月、身体に色を宿して過ごしたからか

身体が色と同化してしまった二人は、

色を返せば消えてしまう。


黒妃は白王が差し出した、

黒い方の万年筆を手に取る。

少しの間、その万年筆を眺めた後

自身を愛おしそうに見つめる白王の顔を

馬鹿を見る顔で、嗤いながら見つめ返した。



『馬鹿ねぇ、何を言ってるの?

わたくしは死なないわ。


惨めに死ぬのはお前だけよ。』


『は、』


『私は黒妃。


当然、多くの男を受け入れているの。

多くの、黒や白をね。』









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