Ultimo Episodio Akechi Mitsuhide e Giuda Iscariota(明智光秀とイスカリオテのユダ)
1
その夜、私は祈った。
ランプの明かりを消し、窓からの遅く昇った満月より少し欠けた月の光だけが頼りだった。
日本を護っていただきたいと、『天主』に、主キリストに、そして日本の守護者の聖母マリアに祈った。自分がこれから何をすべきなのか、答を下さるように祈った。
もしかして私などが何もしないで普通に大坂に帰ったとしても、主がいちばんいいように仕組んでくださり、お守り下さるかもしれない。ここはお任せするしかないのだろうか……。
だが、かつてのインカの惨劇の再現だけは、なんとしても日本で起こってほしくない。
私は長い時間祈った。主は何も言ってはくださらない。あのマカオでの霊操の時と同じように、主は何も語ってはくれなかった。
私はさすがに疲れて、レットに倒れ込んだ。昨夜はほとんど寝ていないだけに、今日はもううとうとし始めていた。
うとうとしながらも、私は考えていた。
その時である! ある言葉が私の記憶の中に甦った。
――なんじが為すことを速やかに為せ……。
なぜ今になってこの言葉を思い出すのか……。
それは最後の晩餐でのイスカリオテのユダに対する主キリストのみ言葉である。「ヨハネ伝」にしかない言葉だ。
私はかつてこのみ言葉の真意がわかりかねて、人にも聞き、自分でも模索したけれど、答は得ていなかった。
『為すことを速やかに為せ』――ところが今や、その言葉は自分に向けられている……そんな気がしたならなかった。
では私にとって「為すこと」とは何なのか……それが分からないから長時間祈り、そして考えているのだ。
だが、それは確実に「ある」はずだ。しかも「速やかに」だ。大坂に帰ってからなどと悠長なことを言っている場合ではないのかもしれない。
「!」…私の中に閃光のごときひらめきがあった。
このみ言葉は誰に対してキリストは言われたのか……そのようなことは知識としては誰でも知っている。
イスカリオテのユダだ。ユダに言ったのだ。ユダはすぐに過越の食卓、最後の晩餐の場を出て行った。それを聞いていたほかの使徒たちは、キリストはユダに何か買いものでも行ってくるよう言いつけたのかくらいにしか思っていなかった。
言われたユダは早速に出て行った。
その後のユダが何をしたかは、誰もが知っている通りである。
そして今、それは私に言われているような気がしている
そう思った瞬間に、なぜか分からないが私の目からはとめどなく涙が流れた。魂がうち震えた。
私の「為すこと」……主は沈黙しておられるようで、実は常に雄弁に囁きかけてくださっていたのだ。
今まで啓示とかお告げというと夢の中でとか、あるいは天使が見える形で目の前に表れて語る、そんな印象があった。だが、そのような現象は実在しない。
啓示は耳で聞くものではなかった。普段は自分で考えていると思っていた一瞬のひらめきが、実は啓示だったのだ。その最初の一瞬のひらめきに、自分の考えを入れずに素直に従えばすべてがうまくいくのだ。
「いやあ、でも、だって、そんなこといっても」と、あとからじわじわと湧いてくる考えこそが、悪魔の囁きだ。
キリストは決して沈黙しておられたわけではなかった。我われが気づかなかっただけなのだ。
常に語りかけてくださっていた。何も語ってくれないと思っていたのは、我われと常にともに歩んでくださっていることに気付かなかったからだ。
なぜなら、キリストは最後に弟子たちに言われた――『見よ、我は世の終わりまで常に汝らとともに在るなり』
キリストはいつもいっしょにいてくださる。なぜなら、キリストのみ言葉に嘘があるはずがないからだ。
イスカリオテのユダに向けられた言葉が、自分にも向けられた。そして自分の「為すこと」が、さっと目の前に示された気がした。
ユダには決して悪魔が入ったわけではなかった。
そしてあの、明智日向殿も、決して極悪非道な裏切り者ではなかったのだ。
それにしても、今の日本を救う最上の方法としてひらめいたもは、これまで思いもよらないことだった。あまりにも大それたことだ。まさか私がそのようなことを……。
だがキリストは言われる――「汝は為すことを速やかに為せ」……そこに人知を入れる隙はない。入れたらそれは悪魔の囁きだ。
私はあまりにも事の重大さに、肩にのしかかる任の重さに、全身の震えが止まらなかった。
一人のイエズス会士としては、自らの上長の命に従順であらねばならない。
だが、オルガンティーノ師ははっきりと私に言われた。
――「もし準管区長やフロイス師の動きで牽制すべきことがあったら、あなたの判断でそれをなんとしてでも食い止めてください。急を要する場合は、いちいち私に報告して指示を仰がなくてもいいです」
今がその時である。私はキリストのみ声に従順に、そしてこの上長たるオルガンティーノ師の命に従順であろうと思った。
私はひとしきり泣いた後、まるでその状況から逃避するかのようにそのまま寝落ちしてしまった。
翌朝、昨夜のことを思うとものすごい緊張感に私は縛られた。それでも、なんとかミサには出て、その後の朝食の時に修道士が外から船に戻ってきた。
「関白殿下は昼過ぎでなければ体があかないとのことでした」
カピタン・モールのドン・モンテイロと関白殿下との会見を、その修道士にミサの後すぐに申し入れに行かせていたのだが、戻って来ての報告がそれだった。
「そうなると、平戸に戻るのは明日の早朝ということになりますね」
ドン・モンテイロは残念そうだったが、夕刻の商館での聖ヤコブ祭のレベントには間に合うだろうとも言っていた。
「コニージョ神父は、何時頃出発しますか?」
フロイス師が私に聞いた。私はかねてから考えていた通りに答えた。
「皆さんが関白殿下にお会いに行っている間に失礼します。まだ支度がありますので、どうしてもそれくらいになってしまいます」
「わかりました」
フロイス師はそれだけ言った。
その後も、とにかく私は落ち着かなかった。荷物の整理といっても、それほど荷物はあるわけではない。
そして昼過ぎに、関白殿下のいる筥崎宮から使いの武士が来た。関白殿下がお待ちだということで、コエリョ師、フロイス師、そしてカピタン・モールのドン・モンテイロは数名の修道士、そしてカピタンからの進物を運ぶスパーニャ人の商館員たちとともに船を降りていった。
彼らが戻ってきた時にはもういないはずの私には、何の挨拶もなかった。
それから数分後に、私は大坂まで同行するロケ兄を呼んだ。
「実は先ほど食事の時に話が変わりましてね、私は準管区長たちとともにまた長崎に帰ることになりました」
「え? そうなんですか?」
あまりの突然の予定変更に、ロケ兄も驚いていた。
「それで、あなたはいろいろと、バテレン・オルガンティーノに報告してもらいたいこともあるので、一人で先に大坂に帰ってください」
「分かりました」
従順な彼は、すぐにそれに従った。
「私は筥崎で準管区長と合流しますから、そこまではいっしょに行きましょう」
司祭や修道士は修道会の規則で、単独で外出してはいけないことになっている。しかしロケ兄は日本人であり、日本人修道士はその規則の適用範囲外である。彼は一人で大坂に帰っても差し支えないのだ。
私は急いでオルガンティーノ師へ手紙を書いた。イタリア語の文面だから、ある程度はポルトガル語をかじっているロケ兄が見てもわからないだろう。
そこに、コエリョ師とフロイス師がフィリピ―ネのスパーニャ総督とつるんで企んでいることすべてを簡潔に書いた。
私はその手紙をロケ兄に託すとすぐに荷物をまとめて、二人で船を降りた。船に残っている修道士たちは私が大坂に帰るのだと思っているので、我われが港へ降りて歩いていくのを、船の甲板の上から見送ってくれた。
ロケ兄はそれに手を振って応えていた。
港から少し歩くと、すぐに箱崎宮の大きな鳥居が見える。ここでロケ兄とはお別れだ。
「え? バテレン様お一人で行かはるんですか?」
ロケ兄は怪訝な顔をしている、彼も我われの単独行動が禁じられているのは知っている。
「この入ったすぐの所で準管区長と待ち合わせしていますから、大丈夫です。バテレン・オルガンティーノにくれぐれもよろしく」
「バテレン様も、お早う大坂に戻らはってください」
それだけ言って、ロケ兄は街道を歩きはじめた。私はその後ろ姿をいつまでも見送っていた。
2
急にまた緊張が私の全身を包んだ。呼吸さえ苦しくなってきた。だがもう、引き返せないところまで来てしまった。
私は筥崎宮の鳥居をくぐった。当然、そこにはコエリョ師など待ってはいない。
私は一人で海岸の鳥居から関白殿下の本陣のある神社の社殿に向かう道を歩いた。道はずっとまっすぐの一本道で、道の左右は森だった。
しばらく歩くと、また神社の門である赤い鳥居が見えてきた。
私はまだその中に行くわけにはいかない。今、関白殿下の所にはコエリョ師やフロイス師、そしてカピタン・モールのドン・モンテイロがいるはずだ。もちろん私は、彼らと合流するはずなどない。
あの赤い鳥居の中は、今は関白殿下の武将たちがその兵らとともに陣を張っている。だから、私が今のこのこと入っていくわけにはいかないのだ。
この間のように武将たちに見つかったら、またキリストの話をしてくれとかいって囲まれるかもしれない。それはうれしいことではあるけれど、今日はだめだ。
そこで私は道の左右ある森のうちの左側の森に入った。木が多くて身を隠すにはちょうどだ。道を人が歩いても見つからない。
本来ならばこの道は筥崎宮に参拝する人たちでにぎわっているのだろうが、今は関白殿下の陣営となっている以上、一般の人は立ち入り禁止になっている。もっともそうでなくても、今の博多の町はまだほとんど廃墟なのである。
私は木の陰に入って座り、時間をつぶした。
まずはコエリョ師一行が関白殿下との会見を終えて神社から出てきて、船に戻るのを待たなければならない。
万が一彼らに見つかったりしたら、総てが終わりだ。私が終わるだけではない。日本も終わりだ。
私はそのままずっと動かずに、時を過ごした。
もちろん私は緊張しきっているので胸もそわそわし、退屈だと感じたりはしなかった。そのまま三時間か四時間くらいの時間が過ぎ、日も西に傾きだした。
私はひたすら祈った。ロザリオの祈りを何周唱えたか分からない。
ただ、時々座り方を変えないと、尻が痛くてたまらない。
道の方を見ると強い日差しが照りつけ、蝉の声もやかましい。だが森の中は木陰で涼しく、海の方から風も吹いて来るので暑さだけはしのぎやすかった。
そして夕闇にあたりが包み込まれ始める頃、ざわざわと人の声がした。しかも聞き覚えのある声で、ポルトガル語が飛び交っている。
私はより一層姿勢を低くして木の陰に隠れた。
わりと私のいる所のそばの道を、コエリョ師一行は談笑しながら海の方へと通り過ぎた。
皆上機嫌のようだったから、関白殿下との会見もうまくいったのだろう。コエリョ師が上機嫌ということは、関白殿下も上機嫌だったということになる。
私はコエリョ師たちも姿が完全に見えなくなるまで、そのまま森の中に待機した。
そして、もうあたりはかなり薄暗くなったころに意を決して森から出て、道を関白殿下の本陣の方に向かって歩き出した。
鳥居の中は武将や兵であふれていた。彼らが夕食のために煮炊きしているにおいが充満している。私が入ると何人かの兵はすぐに好奇の目を向け、また駆けだして寄ってくる者たちもいた。
「バテレン様。先ほどお帰りになったのでは?」
彼らは私がコエリョ師の一行の中にいたと思っている。
「あなたは、キリシタンですか?」
「はい」
私を囲んでいる人たちは、皆信徒のようだった。
「あなた方の大将にお願いしてください。まだ関白殿下にお話しし忘れたことがあったので、戻って来ましたと」
「お待ちください」
兵士たちはすぐに走っていった。そして数分もしないうちに、武将のような感じの人が来た。
「おやおやおやバテレン様、関白殿下にまたお会いしたいとか」
「はい、緊急の重要な話があります」
「分かりました。こちらへ」
前に二度も来ているので、関白殿下がいるところは分かっている。私は武将に案内されるまま、関白殿下のいる建物に向かった。
玄関の所で待たされた。中へ入っていった武将は、しばらくしてからまた出てきた。
「関白殿下はお会いくださるそうです」
もし私が外国人ではなく司祭でもなかったら、こうも簡単に会見はしてくれなかったに違いない。
私はその武将とともに建物の中に入り、いつも関白殿下と会見していた部屋へと入った。
これまではそこで待たされて、後から関白殿下は出てきた。だが今日はもうすでに関白殿下は座っていて、私のことを待っていたようなかたちだ。
「あれ? 大坂のコニージョ殿ではござらぬか。お一人か?」
「はい」
「どうされた?」
「どうしてもお話ししたいことがあってまいりました」
「先ほどはおられなかったよのう」
「はい」
関白殿下は愛想はよかったが、少し怪訝な顔で首をかしげていた。
「お一人とは珍しい。いやまあ、まずは一献」
関白殿下は手を打って、酒肴を持って来させた。
私の前に膳が置かれた。関白殿下は私のそばまで来て、酒を継いでくれた。
「先ほども南蛮の商人の頭というか航海長というか、カピタンという方から南蛮の珍しいものを多数頂戴した。残念ながらこの博多へは南蛮船は入れないそうだけど、それをわざわざ告げに来てくれたその真さが気に入った」
関白殿下は、ひとしきり大笑いをした。
「だが、堺へ来ることができたら、万々歳よのう」
私は関白殿下からの酒を飲んだ。だが、関白殿下のように、高笑いするような気持ちの状況ではなかった。
「なんだかコニージョ殿といると、大坂に戻ったみたいだ。そう、初めて会ったのは姫路だったよな」
「はい。まだ羽柴筑前様といわれていましたね」
「そうよ。羽柴筑前が、今この筑前におる、おもしろいのう」
また、関白殿下は笑った。
「コニージョ殿は、いつ大坂へ?」
「実は今日、大坂に戻るためにあの船を出てまいりました」
「ああ、。そのためのあいさつか。いや、お気遣いご無用ご無用、また大坂で会えようぞ」
「実は……」
「ん?」
私があまり深刻な顔で言うので、関白殿下も少し笑みを消した。
「私がここにいることも、準管区長のコエリョもフロイスも知りません」
「んん?」
関白殿下の眉が動いた。
「私の一存で参りました。彼らについて、関白殿下にお話しがあります。この日の本の国の存亡に関するお話です」
「話が穏やかではないのう」
いつしか関白殿下の顔から笑顔が完全に消えていた。
私はどう話を始めていたのか分からず、杯を置いて、硬直した顔で関白殿下を見ていた。そのまま二人の間に無言の時間が流れた。とにかく私は緊張でカチカチだった。
「殿下はこの九州が平定された暁には朝鮮に兵を出し、明国をも攻略なさるおつもりとおっしゃってましたね」
「ああ、そうじゃ。コエリョ殿はその時、お国の船を提供してくれると言った。南蛮の最新式の船であろうな」
「そのことでございます。その申し出は、決してお受けになりませぬよう」
「ん?」
「異なことを申すのう。何ゆえ?」
「その船はイスパニアの船です。フィリピーナス、つまりこの国の方が呂宋と呼んでおります所から来ます。呂宋はイスパニアが完全占領してその領土の一部となっており、イスパニアの王から派遣された領主が治めています」
「ふむ」
関白殿下の顔がかなり真剣になってきた。私はもう度胸が据わって、そんな関白殿下の目を見据えて堂々と話を続けた。
「その呂宋のマイニラにおりますイスパニア人の領主と、我がコエリョはどうもつながっております。だから大坂城での会見で、あのようなことを申し上げたのです」
「なんだか聞き捨てならない話になってきたな」
「はい。イスパニアは呂宋を占領した後の標的を、この日の本に定めています。かつては明国よりも大きな大陸にあったインカ帝国という国を、イスパニアは侵略し、占領して自分たちの国を作りました。そして、それと同じやり方で、この日本を手に入れようとしています。殿下が朝鮮に兵をお出しになりましたら、それを手助けするふうを装って、殿下の大軍の留守に一気に日本に攻め込む手はず。それを引導しているのがコエリョなのです」
関白殿下はもはや目を見開いて、全身が硬直していた。ただ、その手だけが震えているのが見えた。
「でも、あの人はポルトガルという国の人では」
やっとという感じで、それだけを関白殿下は言った。
「はい。かつてはイスパニアとポルトガルで取りきめがあり、日本はポルトガルの商売の縄張りでしたので、イスパニア人は来ることもできませんでした。でも、今はイスパニアとポルトガルは一つの国になったのです。もうそのような取り決めは無効になりました」
「イスパニアが来るのか」
「イスパニアの王がどう考えているかは分かりませんが、少なくとも呂宋にいるイスパニア人の領主はそう考えているようです。そして殿下が朝鮮へ兵を出す前に、ある下準備をしようと思っています。それは、殿下が薩摩でされたのと同じ方法です」
「わしが? 薩摩で?」
関白殿下は少し考えていた。
「一向宗の門徒を敵国内にお作りになりましたね」
「あれか。あれはかなり功を奏したぞ。あ! あの同じ方法をイスパニアは採るのか。つまり薩摩での一向宗が、日本でキリシタンか! そなたらはそのようなつもりでこれまで布教しておったのか!」
「いえ、これまでは違います。しかし、コエリョの考えはそのようなふうに傾いてきています」
「ならぬならぬならぬならぬ!
関白殿下は音を立てて膝を打ち、憤怒の形相であ立ち上がった。
「かつてイスパニアがインカという国を攻めた時、」
私は、関白殿下を見上げて話を続けた。
「それはものすご虐待をしたそうです。その時も、薩摩における殿下と同じ方法をとったということです。そしてキリシタンにならなかった民は焼き殺し、残虐な方法で処刑し、インカの民の数はかなり減ったということです」
「我が兵の中にも、キリシタンは多すぎる。九州では民百姓までがキリシタンだらけだ。だが、抵抗した者もおっただろう」
「殿がキリシタンである領国では、神社や寺は焼かれ、それでも改宗しないものはどんどん奴隷として海外に売られています。女奴隷五十人で鉄砲の火薬ひと樽と引き換えです」
「なんだとぉ!」
もうほとんど憤怒の形相で、関白殿下は顔を真っ赤にしていた。
「たしかに鉄砲の火薬は南蛮より買い入れなければ手に入らない。それを奴隷と引き換えに買いつけておるたわけがおるのか!」
「残念ながら、イスパニアの商人と奴隷を売りたい日本の殿との仲立ちを、あのコエリョはしておりました。私はこの目で見ました」
関白殿下は立ったままただ眼を見開き、あぜんとした様子でしばらく固まっていた。その「しばらく」が、私にはものすごく長い時間に感じられた。
それから殿下は私の前に座り、大きく息を吸って吐いた。
「実はな、日の本の民を奴隷として南蛮に売っている者がいるということはわしも小耳にはさんでおったで。わしの側近の全宗という僧がわしにそんなことを耳打ちしてきた。だが全宗は大のキリシタン嫌いで、それゆえそのようなことを讒言してきたのやもしれぬゆえ鵜呑みにはできぬと思うてな、ついさっきわしはコエリョ殿にそのことを尋ねてみただに」
私も大きく息をのんだ。
「で、コエリョはなんと?」
「確かに以前から日の本の民を奴隷として売り買いするかの国の商人がおったで、耶蘇会としては許せないことと南蛮の国王に進言して奴隷を商うことは禁止するという国王の勅令を出してもらったとか」
今度は私が手が震える番だった。
奴隷貿易禁止の勅令が出ていることは事実だ。だが、コエリョ師はかつて私に、そのような勅令を出した国王は今やこの世の人ではないのだし、ポルトガルという国自体がスパーニャと併合したのだからそのような勅令は無効だとはっきり言った。
「その禁令を自ら破っているのがあのコエリョという男でござる。どの口で関白殿下にそのようなことを申し上げたのか……」
私の憤怒の相を見てか、関白殿下は幾分落ち着いたような口調で、顔を近づけて話してきた。
「そなた、キリシタンのバテレンでありながら、なぜそのようなことをわしに告げに来た? キリシタンの南蛮寺の方から見たら、そしてイスパニアから見たらそなたは裏切り者になるのではないのか?」
「私は日本が大好きだからです!」
私は大声で、怒鳴るように言った。一瞬、関白殿下の動きが止まった。
「日本に来てからもう七年。私にとって日本は母であり、嫁であり、友です。日本の民もそうです。私は日本を守りたい」
言いながら私が激昂して、目からは涙が焚きのように流れた。それにむせびながらも私は続けた。
「私が裏切るんじゃない。コエリョの方がキリストを裏切ったのです。キリストの名のもとに他国を侵略し、領土を増やす、このようなやり方は、キリストを侮辱している人にしかできないでしょう? そんな人の手から、私はこの日本を、日本の民を、日本の国土を、美しい風景を守りたいのです。私は日本が大好きだからです! これは、私の日本に対する御大切《(愛)》です! キリストは人類をそれはそれは本当に御大切にし、その御大切《(愛)》ゆえに十字架にかかりました。私も、日本を本当に御大切にしたい」
私はまた、怒鳴るように言った。
それから少し間があった。私は関白殿下の顔をじっと見つめていた。関白殿下も私をじっと見ている。
「どうしてそこまで、日本を御大切に思ってくださる? 日本人ではないのに」
「確かに私は日本人ではありません。でも私は日本人のよき隣人になりたいと思っています。キリストは言いました。『己の如く汝の隣人を御大切にすべし』と」
その時私は、無言の関白殿下の目がうるんでくるのをはっきりと見た。それから関白殿下は、そっと私の手をとった。
「よう言うてくれた! よう言うてくれた! よう日本を救ってくれた! 礼を言うぞ!」
それからひとしきり、私は泣いていた。その前で関白殿下は、座ったままあらぬ方を見てため息をついていた。
「実はのう」
しばらくしてから、ゆっくりと関白殿下は話し始めた。
「わしはすでにうすうす感づいておったのだ。長崎の南蛮寺を武装要塞化し、長崎の土地を領有しているとの報告も聞いた。そしてあのコエリョというバテレンは軍船を乗り回している。やつはバテレンになる前は、何をしておったのか?」
「この国でいうところの武将です。侍大将です」
「なるほどな」
「本当は我われキリスト教の中で、あのコエリョという人を何とかしなければならないのですが、彼は準管区長です。大坂のオルガンティーノも彼には逆らえない。彼の暴走を止めるには、マニラやゴアにいるもっと上の人に訴えないといけない。でも、この日本にいたらそれは不可能なのです。だから、今こうして殿下に直接訴えるしか手がなかった」
「分かった、そなたの気持ちは無にしないぞ。そなた、これから大坂に行くのか」
「分かりません。もはや私は南蛮寺には戻れません」
「戻らぬ方がよい。路銀はあるか。褒美を取らせるぞ」
関白殿下は秘書に命じて、すぐに大きな箱を持って来させた。それを私の前に置いた。
中には黄金でできた楕円型の貨幣がつまっていた。一枚一枚が大きかった。表面には墨で文字が書いていある。
「いえ」
私はそれを押し返した。
「これではまるで私が南蛮寺を売ったようになります」
そう、イスカリオテのユダがキリストを引き渡した時、代価として銀三十枚を受け取ったことを思い出したからだ。私は受け取るわけにはいかない。
その時私は、関白殿下の目から大粒の涙が流れ落ちるのを見た。
3
1587年7月24日・金曜日、日本の暦では天正十五年六月十九日。私は筥崎宮の関白殿下の陣を後にした。
もうすっかり夜である。
私は路銀や褒美は辞退したが、その代わりということで日本の武士の着物を一着、関白殿下に所望した。
外に出て夕方まで潜んでいた木の陰まで戻り、そこで武士の服装に着替えた。
私はアビト・タラーレをかなぐり捨てた。
私は行くあてもない。とりあえず博多から離れたかったので、街道を歩いた。
そして歩きながら考えた。
私の「為すこと」は終わったと。
終わったからといって、私はその後のことなど考えていなかった。これからどこへ行くのか……。
関白殿下が言った通り、表面的には私は教会を裏切ったことになるのかもしれない。だから、教会には帰れない。
そしてもうあの神学校の生徒たちとも二度と会えない。彼らは彼らで、私がいなくてもすくすくと育っていくだろう。私が大坂の教会に帰らなくても、彼らはすぐに私のことは忘れるに違いない。
とにかく私は教会には帰れない……。
待てよ……と、私は思う。
私が帰れないその「教会」とは何だろう……?
教会共同体は建物ではなく、キリストの体……しかし、キリストが天国の鍵をペトロに預けたその瞬間に、教会は『天主』の手を離れて、この世の、地上の組織として独り歩きを始めたのである。だから「地上を旅する教会」といわれる。それゆえにいろいろな間違いもある。
私が教会を裏切ったのではなく、教会がキリストを裏切った。
日本ではあのコエリョという司祭の所業に帰すかもしれない。だが、個人を責めてそれで問題は済まない。彼は準管区長であったのだ。
では、彼を準管区長にしたヴァリニャーノ師の任命責任だといって、またここでヴァリニャーノ師個人を責めても意味はない。
誰も裁くことはできない。「汝ら人を裁くな」とイエズス様も言われた。
だから誰も裁かず、私は「為すこと」を為した。裏切りのように見えても、すべては日本を救うためである。
イエズス様がこの言葉を言われたのは、イスカリオテのユダに対してであった。そしてユダは裏切った……と、今の人々は思っている。
実はイエズス様とユダの間にはすでに盟約があったのではないか。イエズス様の筋書き通りにユダは行動した。
このままではいつまでたっても人々は目を開かない。イエズス様が死刑になるその時に大いなる奇跡を見せて、否が応でも人々を信じさせようと、ユダは思ったのかもしれない。
いくら師の命令だからといって、喜び勇んで師を売る人はいない。ユダは苦しんだだろう、悩んだだろう、その塗炭の苦しみを背負ってユダはイエズス様の居場所を密告した。ユダこそが、大いなる十字架を背負っていたのかもしれない。
それははっきりと言える。なせなら、今の私がそれだからだ。
ユダの苦悩を痛いほど身にしみて感じている。自分のものとして体験している。
そしてあの明智日向殿もそうだったのだろう。
彼も私欲や私情で主君を討ったのではない、そうしなければ日本の将来が危ないと危惧を覚えた結果での行動で、彼もかなり苦しみ、悩んだに違いない。
私は自分のしたことをもちろん後悔はしていないが、だからといって別に誇りにも思っていない。「為す」ことを「為した」だけだからだ。
かつてオルガンティーノ師は言われた。
「キリストとともにあるということは、イエズス様ならこんなことはなさらない、イエズス様ならきっとこうなさるだろうということを基準に行動することだ」と。
私は、その基準通りに日本という国への愛を貫いたまでだ。私が日本にとって良きサマリア人になれたかどうかはわからない。だがイエズス様はそのサマリア人の話の後にこう言われた。
「汝も往きて其の如くせよ」
だから、私はそうしたのだ。
私はとりあえず今夜、体を休めるところを探して歩いた。もう夜も更けており、満月よりもだいぶ欠けたけれどまだ半月ではない月の光が頼りだ。
今夜とりあえず寝る場所があったとしても、私が休めるところはどこにもない。
「狐に穴あり。空の鳥は塒あり。されど人の子は枕する所なし」――
そうイエズス様は言われた。私も同様だ。しかし、私には休むところがある。
主は言われた――「すべて労する者、重荷を負う者、我に来たれ。我汝らを休ません」――すでに司祭ではない一人の男を休ませてくれる方は、常に私とともに歩んでおられる。
それを実感しつつ、私は夜の街道を歩いていった。
(「とある司祭の憂鬱」 完)
※天正十五年六月二十日(西暦・1587年7月25日・土曜日)、関白豊臣秀吉により「伴天連追放令」発布。




