89 千年越しの悪夢
人々はその赤い髪を持つ少女を眺めていた。
その顔はどれも青く染まっている。
誰もが、そうでないことを祈った。
しかしその願いは神には届かず無情にも少女は語る。
世界を滅亡させるであろう、その言葉を。
「これよりエンドレス・レクイエムを開始します」
その声はどんな人間よりも感情がこもっていなくて、瞳も生きている人間とは思えないほど輝いていなかった。
「魔法名Ruina11。Sine fine Officium Defunctorum.Tempus a sapiente primo, verba e sapiente secundo, magica a tertio sapiente……」
その時、呪文を唱えるルーナに、いや天の加護に貴広が襲い掛かった。
だがすぐにメイドに妨害される。
槍の男も倒そうと彼女に立ち向かったがやはりメイドに妨害されてしまった。
というのもメイドが結界のようなものを張っているからだった。
そう、ルーナに近づくためにはこの結界を突破しなければいけないのだ。
ファブリスがどうやって突破しようか、と考えていたとき、再びメイドが何かを呟いた。
波のようなものが彼女を中心に広がっていく。
ファブリスや賢人には全く効果はなかったが、そうでない人々がその波に触れると波に流されるようにどんどん離されていった。
そしてやっと戻ってきたころには、そこには見えない壁が現れていた。
ファブリスは人々がある一定の範囲から入れないのを見てすぐに何が起こったのか把握する。
(結界だ。結界でこちらに来られないんだ)
そうして混乱は広がっていく。
しかし赤い髪の少女の口は止まらなかった。
「Naturae bona a sapiente IV, a sapiente V, a VI……」
少女の真上の空に次々に魔法陣が浮かんでいく。
「Potestas temperandi a sapiente VII, celeritas motus ab VIII sapiente, duritia a sapiente IX……」
そしてその魔法陣が呪文を唱えるごとに増えていって、なにかを囲うように展開された。
いまはその魔法陣が九つだけ展開されている。
「Sanguis a decimo sapiente, imaginatio ab undecimo sapiente, et vis amoris a sapiente duodecimo……」
空に十二の魔法陣が展開される。
この時、ファブリスは次にこの少女の言う事が自分も自分の大切なものも壊してしまいそうな、そんな予感がして思わず少女に向かって飛び出してしまった。
「ルーナ!」
メイドが張った結界に『龍神の剣』を突き刺す。
「ぁあああああああああああああああああああ!!!」
なんとか結界をこじ開けようとするが、メイドが妨害しようと彼のほうへと向かってきた。
(急げ。急げ。急げ。急げ。急げ。急げ)
彼の頭はすぐにでもルーナに近づくことだけしかなかった。
「Hic est Officium Defunctorum, ……」
メイドが彼まであとすこしの距離まで近づいたとき、彼から何かが波のように広がった。
そしてそれ以上、メイドは近づくことを許されなかった。
(これは……結界? でもこんなのすぐに……)
「個体ファブリス=ドラグーンの結界を解除」
(よし、これなら……)
そうして彼女はファブリスに手を伸ばした。
しかし……
「え?」
メイドはその事実に驚愕する。
(結界が、解除……されていない!?)
何度も解除をしようとするが全く解除されない。
(ありえない。私の『語るもの』が効かないなんて……)
そうしている間にもファブリスは結界をいまにも破りそうになっている。
「qui de alio mundo venit et utitur potestate et potestate mea duodecim……」
だがメイドはなにもできずにただファブリスを見るだけしかできなくなった。
そしてついにファブリスは結界を破ることに成功する。
しかし既に時遅し。
もう少女は呪文を唱え終わるところだった。
「sapientum ad destruendum mundum vetus putridum et mundum novum creandum」
最後の魔法陣が空に展開される。
魔法陣の集合体が空を覆うほど巨大化し神聖な光が地上に降り注いだ。
千年越しに到来した悪夢は一人の男の絶叫と共に蘇る。
そしてその声が悪夢のなかで眠る者を目覚めさせるトリガーになったのをまだ、誰も知らない。




