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第三六話

「さて、次はどこに行くとするかのう」


 古本屋を出てしばらくそこらをふらふらと歩いきながら、ぽろっと師匠がそう無意識的にこぼす。


「師匠的におすすめの店とかはないんですか?」

「そもそもどんなお店があるかわからないしね」


 まあ、ゲーム的な店ならわかるけど、そうじゃない店は知らない。まあ、店である必要はないが。


「ふむ……そうか。なるほどの。確かにそれはあるのう」


 師匠は何かを考え込んでいるようである。まあ、きっといい場所を知っていることだろう。この街に何があるのか知らない俺たちからしたら、師匠の存在はなくてはならないものである。


「でも、こうやって適当に歩いているのも楽しいけどね」


 かおるは俺と腕を組みながら笑顔で言う。


「そうか……」

「あ、師匠。あの建物はなんですか?」

「……ああ」


 いや、答えてよ。何か達観したような顔をしているけど、どうかしたのだろうか。


「ねえ、スバル見て。劇場だって」

「へえ、面白そうだな。師匠、ここにしません?」


 俺たち二人の心は劇場に傾いている。おそらく、師匠はいやなのかもしれないが、俺的には何が嫌なのかがわからない。

 ……そういえば、師匠がモデルの演劇があったな。それを懸念しているのだろうか。しかし、そうそう師匠の劇が演じられることはないだろうよ。


「演目はなんだ?」

「うーん……『エリーゼの興国』だって」

「どんな話なんだろうな」

「楽しみだね」

「よし、では入るとするかの!」


 俺たちの会話を聞いていた師匠は先ほどまでのこけた顔つきから活き活きとした顔つきへと変化していく。そこまで嫌なのか。

……ああ、いやな気持ちを理解できた。自分が主役の演劇を見せられるとか拷問に近いなこれは。死んでからにしてほしいと思う。


「へえ、おしゃれなところだね」

「確かに。けっこう豪華なつくりだな」


 劇場の中に入ってみると、そこには少し暗めの照明が使われており、劇場全体の空気に重みを感じさせる。他にも壁や床の色も重めの色を使用しており、全体的に厚みのある空間となっている。上にはシャンデリアが垂れ下がっている。そこの光の揺れがゆったりとした雰囲気を感じさせてくれる。


「ほれ、チケットを買うぞ」


 と、師匠が受付へと向かう。俺たちも後へと続く。

 受付の窓口は四つあり、そのどれもがある程度の住人が並んでいる。住人たちの娯楽として演劇が人気なのだろう。並んでいる人数から簡単に予想できることである。俺たちの期待もそれにつられる様にしてあがっていく。


「いらっしゃいませ、何名様でございますか?」

「三名分じゃ」


 師匠は麻袋から硬貨を何枚か台の上に置く。


「……丁度ですね。こちらチケット三枚でございます。で、こちらがパンフレットでございます。待っている間はパンフレットを読んでお待ちくださいませ」

「うむ、ありがとう」


 ああ、俺が並ぶ必要はなかったな。

 俺たちは師匠からチケットとパンフレットを受け取る。

 パンフレットを軽く見てみる。役者の一覧と主演の役者たちの肖像画が描かれている。写真の技術がないのかね。けっこう写実的に描かれているから、問題はなさそうではあるが。


「わしも観たことない演目じゃのう。新作かな?」

「だから、こんなに人がいるのね」

「人気だからとかじゃないのか?」

「ああ、脚本家がかなりの売れっ子じゃのう」


 ああ、なるほど。それで人が来ているのか。


「俳優とかは別に人気ではないんですか?」

「うーむ……若手が多いのう。脇役には大御所がいるが、その程度じゃしのう。やっぱり脚本家かの?」

「どんな作品を書く人なの?」


 と聞くのはかおる。


「ええと……女性のファンが多かったかのう。ラブロマンスなどの恋愛ものを得意とする作家じゃの」

「ああ、カップルとかで見たりとかね」

「そうじゃの……そうじゃの……」


 師匠の存在感が希薄になっていく。魂が抜け落ちていくかのようである。今師匠は一人だからな。


「奥さんはどちらで?」

「首都じゃ。ここから歩いて一週間かかる」


 なんで歩き換算にしたのかはわからないが、結構遠いな。


「わしいいもん。お主らの親って設定で演劇みるから悲しくないわい」


 すっごい悲しいんだけど。なにそれ。


「ねえ、オロートスさん」

「なんじゃ?」


 かおるは師匠の反応に指差しで答える。かおるの指さす先ではこの世のすべてを絶望したかのような雰囲気を纏った女性がソファにうなだれるように座っている。


「ええ……」

「どうしたんだろうね」

「で、それがどうしたのじゃ?」

「あの女の人と一緒に見ればいいんだよ」


 …………は?」


「何を言っているんじゃ、お主は。初対面の男とみたがる女なんかおらんわ」

「そうだぞかおる。さすがに師匠レベルの顔の良さでも一緒に見てもいいと思わないと思うぞ」

「うーん、そう? でもあの女の人とっても悲しそうだよ。オロートスさんが慰めてあげたほうがいいと思うなあ。オロートスさんも一人だからね」

「う、ううむ。むむ? うーん?」


 師匠はかなり悩んでいるようである。まあ、わかる。あんな悲しそうな雰囲気を纏っている女性をほっとくのは男の甲斐性としては最悪である。だから、慰めてあげようという気持ちが湧き出るのだが、俺が行くと煽っているようにしか見えない。だからこそ、師匠に行ってもらう必要があるわけだが。


「はあ、まあわしも一人じゃしの。話しかけに行ってくるわ」


 と、師匠は女の人の方へと向かっていった。と、同時にかおるが俺の腕に抱きつく。


「これで二人っきりだね、スバル」


 かおるは顔をとても楽しそう歪ませながらそう言った。


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