94 パンをいただきましょう(1)
朝のことだった。
アセリアが粉屋へ向かって歩いていると、向こうからウィンリーが歩いてきた。
「あ、アセリアちゃん」
「ウィンリー、ごきげんよう」
「ちょうど家まで行こうと思ってたの。これ、どうかと思って」
とウィンリーが見せてきたのは、布に包まれたパンだった。
「パンですわね」
と言っても、粉屋では見たことのないパンだ。
粉屋のパンよりも茶色くて、温かな匂いが立っている。
「何のパンですの?」
「うちのパンなんだけど、たくさん焼きすぎちゃったのよ」
「…………?」
アセリアは、ウィンリーと顔を見合わせる。
確かにこの村では、パンはそれぞれの家で焼くものだと聞いている。
朝はいい香りのする家が多い。パンを焼いているのだ。
けど、同じ小麦と同じ水で焼いたパンは、同じものではありませんの?
「ちがいますわね」
「確かにパンよ?」
「けど、違いますわ」
「間違いなくパンだって!」
そんな漫才を村の真ん中で繰り広げた結果、
「すごいですわね」
村の真ん中には、たくさんのパンが集うこととなった。
色の薄いパン、ふわふわとしたパン、黄色いパン、硬いパン。
それ以外にもたくさんだ。
圧倒されていると、ハルムが畑の方から走ってくる。
「何ごとですか?」
慌てて走ってきた割には、口調は執事らしく、冷静沈着だ。
「パンをもらいましたの」
「確かにすごいですね」
二人して感心していると、近くにいたおばさんがうんうんと大きく頷く。
「酵母が違うからね」
j
「こうぼ?」
「パンを膨らますものだよ。パンに混ぜると、ふっくらするの」
「そんなものがありますのね」
「ああ。それぞれの家に味があるからさ、こんなにも見た目から違うんだ」
「そうですのね……」
そう思い、改めて眺めると、確かに感慨深いものがある。
そこからは、ちいさなパーティーのようだった。
周りの家々がテーブルを持ち寄り、ナイフを持ち寄り、バターやチーズを持ち寄った。
たくさんあるパンたちはハルムの手で薄く切られ、チーズやジャムなどを挟んだサンドイッチに変わった。
みんなでワイワイしながらパンを食べた。
ウィンリーが、バルドに向かって尋ねる。
「どうしてアセリアちゃんが酵母のこと知らないの!?」
バルドは、
「あ〜……」
と歯切れが悪い。
すぐにバルドが粉屋から持ってきたのは、小さな瓶だ。
中には、白いものが入っている。
「これが酵母」
「これが……。いただけるんですの?」
「ああ。まあ、なんていうかさ。ほんとは、教えようかどうか迷ってたんだ。だって、やったら、アセリアちゃん、こんなにパン買いに、来てくれなくなるかもしれないだろ?」
バルドはそんなことを言って、気まずそうに頬を染めた。
ウィンリーが呆れ顔になり、ハルムの顔に冷ややかな色が走った。
「なんてことを」
アセリアは、困った顔をして酵母の瓶を見つめる。
アセリアがため息を吐くと、広場のそばにいた猫がひとつ欠伸をした。
この村の人たちはパン好きそうですね。




