93 牛のテンポで進みますわね
「ンモ〜」
畑に牛の声が響く。
あれからすぐに牛たちは畑の端にできた柵の中に放された。
柵の中では、牛がのんびりと雑草を食んでいる。
乳牛だからか、この村で可愛がられている牛だからか、思いの外人間に慣れた牛だ。
アセリアは、仁王立ちで柵の中の牛を見る。
「あれが……!肥料になりますのね!」
牛が、柵の中で尻尾を振った。
隣にいたハルムも、執事然とした態度で立ったまま、牛の柵の中を見ていた。
「そうですね」
少し冷ややかなのは、牛耕の練習に参加しようとしたら、断られたからだろう。
橋作りの方に参加しているのだからそれももっともなことなのだけれど、非力だからなんじゃないかなんて思っているに違いない。
離れたところでは、二頭立ての牛が歩く練習をしている。
「進め!」だの「止まれ!」だのと、オタルさんの声が聞こえる。
子供たちが、柵のそばで囃し立てている。
まだ、農具のようなものはつけていない。
まず、3ヶ月ほど練習するらしい。
アセリアたちは、それを横目で見ているのだ。
それにしても、てっきりあの力強い細い足で土を掘り返すのかと思いましたのに、違いましたのね。
「ふ〜む」
と、アセリアは牛を眺めた。
「こらこら、子供ら!牛は仕事中だ!あっちいけ!」
オタルさんが怒鳴りつけると、子供たちが笑いながら散り散りになって走っていく。
「牛は結構頑張っていますわね」
「はい。なんでも、牛より、人間の練習の方が大変なのだとか」
フォークのような農具部分は、村の大工たちが木を削って作っているようだ。
「秋の豆まきに間に合いますの?」
「それは問題ないでしょう」
豆はもうすぐ手に入るということだった。
「うまいくくといいですわね」
アセリアが、少しだけ遠くを見やる。
とうとう始まるのだ。
ハルムが笑う。
「うまくいきますよ」
アセリアは、牛の柵に寄りかかり、牛を眺めることにした。
そんなアセリアに、ハルムがついてくる。
二人して、のんびりと柵に座り込む。
青い空が見えた。
白い雲が流れていく。
遠くに切り立った山が見える。
「知ってますか」
最初に口を開いたのはハルムだった。
「あの山には、ドラゴンが住んでるんですよ」
「あら、そんな非現実的なもの。…………見間違いか何かですわよね?」
不安に思い、アセリアはハルムの顔を見た。
顔を見合わせると、ハルムがふっと笑った。
「どうでしょう?子供たちが言ってましたよ」
「まさか……」
アセリアは遠くの山を見上げた。
尖った山々の先端に、ドラゴンなどいるわけないではないか。
それとも見えるんですかしら。
アセリアは「う〜ん」と言いながら、先端に目を凝らす。
「見えませんわね」
「なかなか見えないんじゃないですかね」
隣を見ると、やはりハルムも山の先端に目を凝らしていた。
それがなんだかおかしくて。
「見えるといいですわね」
なんて、そんなことを口走った。
そんな、午後だった。
そんなわけで、牛の話はどうやらうまくいきそうですね。




