92 どうにもならない思いを抱えて
暗い部屋の中、うっすらとした月明かりが、部屋の中を照らしていた。
ハルムは、家の扉にもたれかかり、アセリアを眺める。
眠っているアセリアを見るのも、もうすっかり見慣れた光景になった。
だからといって、そこにアセリアが眠っていることに慣れたわけではないが。
意識は常に、アセリアの元へ。
ハルムは、ぎゅっと手元の布団を掴んだ。
思い出す。
昼間のアセリアを。
バルドと一緒に歩き、呆れた顔をしながらも、どこか心を許したような顔をしていた。
人間というのはあんな風に仲良くなっていくものなのか。
だとしたら、ここに来るまでの8年、一緒にいたのにろくに会話もしなかった俺とアセリアはなんなのか。
アセリアが俺を見ていないことなどわかっている。
そもそもつい先日まで、婚約者がいたのだ。
そして、……これからも視界に入らないことくらいわかっている。
どうにかなるような関係なら、今まででどうにかなっていたんじゃないのか。
俺とアセリアは、もともと子供の頃から主人と執事だった。
アセリアの中では、目下の人間だ。
この村に来て出会った時にはもう対等の関係だった村の人間とは、やはり違う。
ここで執事をやっている限り、アセリアも見る目を変えることはないだろう。
この関係だけは、きっと変わることがない。
ハルムは立ち上がり、アセリアのそばへ立つ。
ゆるりとした月の光が、アセリアの波打つ金色の髪を照らしていた。
あいつともっと仲良くなろうってのか?
あいつの方は確実に君に気があるみたいだ。
アセリア。君は、あんな奴がいいのか?
この気持ちは重くて苦しいけれど。
そっと、顔を顔へ近づける。
触れない。
触れずに顔を覗き込む。
この首筋もこの頬もこの耳も、俺のものにはならないけれど。
手放すつもりもないから。
唇から、鼻、まつ毛、額、前髪、金色に波打つ髪。
ゆっくりと、視線を這わせる。
ベッドから離れ、音を立てないようにまた扉の方へと戻る。
アセリアからもらったふわふわとした布団を握りしめると、やおらそれにくるまった。
温かい。
床に横になる。
アセリアの姿はあまり見えず、ただ、ベッドからはみ出した手と、流れる金髪だけが見える。
見込みがないって、こういうことを言うんだな。
今まで誰の口から聞かされても、恋愛など興味もなく誰も寄っても来なかったから、どんな話をされてもまともに聞いたこともなかったけれど。
テーブルや椅子の足が視界に入る。
床が視界に入る。
「きついな」
それだけを呟くと、ハルムは今日も、目を閉じた。
センチメンタルな気分になることもあるよね。




