9 こんな田舎娘の服を着ろっておっしゃいますの!?(1)
目が覚めた時は一人だった。
ほとんど下着のみの格好で、解かれたドレスに包まって眠っていた。
「寒い……ですわ」
おかしいですわね。
わたくしの部屋が、こんなに寒くなるはずありませんのに。
煌びやかないつも自室を思い描く。
大きなベッド。絹のシーツ。明るい窓。
屋敷の中でも特別暖かな部屋であるアセリアの自室は、暖房などなくとも過ごしやすい部屋だ。これほど寒いわけはない。
そろそろメイドが朝食を持ってくる頃だろうか。
最近、コックがパンケーキにハマっているので、二日に一度はパンケーキが出る。分厚いパンケーキもいいけれど、この間の薄いパンケーキにホイップバターを乗せたものは一際美味しかった。今日もあれならいいのだけれど。
伸びをしながら寝返りを打つ。
目を開ける。
「あ…………」
アセリアはその瞬間、思い出した。
家を追い出されたことを。
今いるのは、片田舎の村はずれだということを。
食事もない。メイドもいない。馬の餌入れのような小さな小屋の中に居る。
ベッドからキッチンが見えるなど、人間の住むところではない。
「そうでしたわね」
起き上がり、ベッド脇のカーテンもない窓を見る。
朝だというのに、窓は汚れに汚れていて、“窓”だという自己認識を忘れてしまっているみたいだ。
目を凝らせば、なんとか外が見える。
けれど、木か何かしか見えず、ため息を吐いた。
朝を告げる紅茶はない。予定を告げる時計の音も。
そこへ、ガチャリ、と玄関の扉が開いた。
「き、きゃああああああああああ!!」
「うわああああああああああああ!!」
服をろくに着ていない姿を隠すため、ドレスをかき抱き、思い切り叫ぶ。
そして改めて顔を見合わせると、そこには見知った顔があった。
ハルムだ。
「まあ、あなたでしたの」
言いながらも、下着が見えていることに意識が行く。
どうにか布団にくるまって、そちらの方を見た。
慌てているのはハルムも同じようで、相変わらず顔を赤くして困り果てた顔をしている。
手には大量の荷物。
「お嬢様、服と食事が手に入りましたので」
いつもの無表情を装おうとしているけれど、目が、泳いでいる。何処を見ていいのかわからないみたいに。
……この人は、ここに居ますのね。
「キッチンでスープを温めてくるので、服、着ておいてくださいね」
アセリアは、服を一瞥した。
簡素なシャツ。長い綿のスカート。革製のボディス。
「こんなもの、着られませんわ」
ハルムが首を傾げる。
「裸でいるおつもりですか」
アセリアは、手元にあるドレスをキュッと握る。
「わたくしは……、こんな田舎娘ではありませんわ。わたくしは……、わたくしは……っ」
喘ぐアセリアに、ハルムが思いの外優しい視線を向けた。
「それを着てしまえば、わたくし、もうルーシエンではなくなってしまいますわ……!」
泣きそうになったアセリアの震える両手を、ハルムが握りしめた。
食べ物はテーブルの上に置いてあるけれど、ハルムのための服はテーブルから溢れるように床の上に落ちていた。
二人っきりなのはいいものですね。




