84 甘い香りがいたしますわね(2)
目が合う。
思ったよりも真っ直ぐに見ているものだから、少しだけドキリとする。
少年たちと笑い合っていた気持ちが続いているのか、ハルムは微笑んでいた。
「行きましょうか、お嬢様」
「ええ」
隣同士で歩く。
あの頃と違って、エスコートされることも減った。
同じ家へ帰る。
小さな、馬の餌小屋のような本当に小さな家だ。
家へ入ると、ハルムは真っ先にキッチンへと立った。
「お嬢様」
「なんですの」
「お嬢様は、そこにいてくださいね」
アセリアが、キョトンとする。
いつもハルムはまずキッチンへ行くけれど、こんなことを言ってきたのは初めてだ。
それでも、特別抵抗する理由もなく、
「わかりましたわ」
とそっけなく返しておく。
椅子に座り、今日の作業進捗をまとめていると、いい香りが漂ってきた。
「あら」
何かを焼く匂い。
それも、嗅いだことのある甘い匂いだ。
これは、なんですかしら。ここには、甘いものなんてないはずなのに。
そうさ。この村には基本的に甘いものはない。
ベリーなどの甘い実はあるものの、砂糖は高級品だ。
けど。
あらあら?
そのワクワクする匂いを嗅いでいるうちに、ハルムが何やら焼いていたものを持ってきた。
その手つきは、まるで執事のそれだ。
恭しくお皿を置くと、ハルムは一歩下がり、礼をした。
アセリアの目の前に置かれたそれは、柔らかなホットケーキだった。
「これは……なんですの!?」
思わず口をついて出た言葉に、ハルムがにこやかに言う。
「ホットケーキですよ」
「あ、いえ、それはわかりますわ。これ……こんな甘いもの……どこから……」
次第に、心臓がバクバクいうのに気付かないわけにはいかなかった。
この村に来て初めてなのだ。こんなに甘そうなものを目の前にするのは。
「実は」
と言って、ハルムが後ろから取り出したのは、一つの瓶だ。
中は黄金色に輝いている。
「蜂蜜じゃありませんの!」
「はい」
そう言って、目の前に開けられたそれは、確かに蜂蜜だった。
トロトロとした蜂蜜から、甘い匂いが漂う。
「いい香りですわね」
「さっきの少年たちと、養蜂箱を作ったんです」
「養蜂箱を……。ここでは、蜂蜜が取れますのね」
「はい。これを入れてみたんです。きっとすごく甘いですよ」
ハルムを見上げると、少し微笑んだ瞳は、キラキラと光っていた。
自慢げな瞳。
こんな顔、出来るんですのね。
褒めてほしいと言わんばかり。どう褒めようか少し戸惑う。
……犬を撫でるような方法しか思い浮かびませんわ。
考えた末、アセリアは立ち上がり、ハルムの頭に手を伸ばした。
なんとか届いた頭の上を、なでなでと撫でてやる。
「……お嬢、様……」
ハルムの頭が、ふい〜っとアセリアとは逆方向へ向いていってしまう。
「さては、照れましたわね?」
「何を言うんですか」
そう言うハルムの耳が赤く火照っているのを、アセリアは見逃さなかった。
……可愛いじゃありませんの。
ふーんなんて顔をして、アセリアはハルムの後ろ頭に微笑む。
「じゃあ、一緒にいただきましょう」
「はい、お嬢様」
ちゃんとバターも入ってます!ぬかりなし!




