82 想像以上の忍耐力が必要だ(2)
タオル。そうだ。ここで必要なのはタオルだ。
ヒリつく心臓を抑え、タオルを床に広げようとする。
けれど、床がすでにびしょびしょなことに気付き、一瞬躊躇した。
その間にアセリアが、桶から足を上げる。
ひざまずいたハルムの、目の前で。
何してんだ、こいつは。
「拭いてくださいませ」
目の前に、白い足が水を滴らせて中空に留まった。
パタンパタン、と、水滴が床に滴る音がする。
これを……拭けって?
震える手で、タオルにその足を包んだ。
「ふふっ」
くすぐったかったのか、アセリアの笑い声が頭上から転がり落ちてくる。
折り畳まれたタオル越しに、アセリアの足が踊った。
やっぱりくすぐったいんじゃないか。
ポンポン、と拭いてやり、次の足へ。
雑念は捨てる。そう、雑念は捨てるのだ。
湯の中から出てくる足を見る。
パシャ!
不意に、アセリアの足が水面で跳ねた。
パチャン、と水がハルムの前面にかかる。
「ふっ、ふふふふ」
アセリアの笑い声が聞こえた。
「お嬢様、何やってるんですか」
「生意気な執事だったんですもの」
水面に波紋を描きながらピョコピョコと動く足は、やはり心臓に悪いらしい。
タオルで、跳ねている足を捕まえる。
やはりクスクスと笑い声が降ってくるので、つい、その中に浸ってしまいたいと思った。
「ふぅ」
大仕事をこなした気持ちだ。
そんな俺に君は、
「次はあなたの番ですわよ」
なんて、こともなげに言うんだ。
「私は大丈夫なので」
「いけませんわ!まだ温かいので、さあ」
まったくこいつは。
なんて思いつつも、執事としてこれ以上主人を突っぱねるわけにもいかなかった。
「じゃあ」
なんて言いつつ、渋々ズボンの裾を捲り上げ、湯に足をつける。
「あ……あったかいですね」
湯は、思いの外温かかった。
いつの間にこれほど身体が冷えていたというのか。
ホッとするハルムのすぐそばで、アセリアのしてやったりという微笑みが花開く。
「ありがとうございます」
「ええ、あとでしっかりと身体も温めるといいですわね」
言いながら、アセリアはそれが当たり前だとでも言うように、しゃがみ込み、タオルを構えた。
「……何やってるんですか」
「拭いて差し上げますわ」
いくらなんでも、執事の足を拭く令嬢というのは聞いたことがない。
「自分で拭けますよ」
突っぱねたものの、アセリアがその程度で引くわけもなかった。
仕方なく、ハルムは足を桶の湯の中から持ち上げる。
そこをアセリアが、ハルムの足をタオルと共に両手で捕まえた。
「……ちょっ!」
アセリアの手の感触が、足に響いてくる。
跪いたアセリアの頭が、すぐそこに見える。
「何してるんですか」
「くすぐったいですわよね」
パッと、アセリアがハルムの顔を見上げた。
アセリアがハルムに笑いかける。
「くすぐったいですよ」
そのアセリアの可愛さに、苦笑しながらも、この状況を楽しく思ってしまう。
つい、手放したくないと思ってしまうのだ。
この、どこまでも甘やかな地獄を。
これはもうタイトルを「俺の可愛いお嬢様が無邪気に誘惑してくる件」ってしておけばよかったな。




