81 想像以上の忍耐力が必要だ(1)
意識してしまうとここは地獄だった。
ビタビタと水を含んだ服が、床を叩く音がする。
俺は、その音を聞かないように鍋の中で沸く湯を見るので精一杯だった。
「くしゅん!」
背後でアセリアのくしゃみが聞こえる。
ああ、まったくもう。大丈夫だろうか。だから洗濯はいいと言ったのに。
けれど、気遣ってくれる姿が嬉しいのも、一生懸命な割に不器用なところもいいと思ってしまうのも、否定できない事実だった。
「大丈夫ですか?」
「ええ、もう振り向いていいですわ」
ドキリとする。
どんな格好だか考えたくもない。
けれど俺には、この湯を桶に入れることで、アセリアを風邪から守る使命があるのだ。
「本当に大丈夫ですね」
「ええ、もちろんですわ」
ゆっくりと後ろを振り向く。
床から、顔を上げていく。すると、アセリアの姿が少しずつ見えてくる。
床についた細い足。細いけれど公爵令嬢として身体を動かすこともよくさせられていたアセリアの脚は、スラリとして美しい。
ポタポタと垂れる水滴を上っていき、巻かれたキルトの端から、太ももが見えている。
それは流石に見せないでほしい。
水が滴っているのはどうやら金色の髪の毛からのようだった。
いつもふんわりとしている髪は、思ったより水をかぶってしまったらしく、頭からではないものの、毛先がずいぶんと濡れてペッタリとしていた。
キルトをしっかりと手で引っ張り、アセリアはじっとこちらを見ている。金色のまつ毛が、微動だにせずこちらを向いていた。
ゴクリ。
ハルムの喉が鳴った。
とりあえず、仕事を遂行しようと鍋を手に取り、桶へ向かう。
少しずつ温度を見ながら桶に湯を入れていく。
見るんじゃない。見るんじゃない。
自分に言い聞かせながら、ただキッチンだけを視界に入れて立ち上がる。
その時だった。
「待ってくださいませ」
背後から、アセリアに呼び止められる。
「はい」
振り向きつつも、顔が見れない。
「あなたもですわよ」
「え?」
何がだろう。
そう思って、ふいっとアセリアの顔をまっすぐ見る。
金色のまつ毛が、パチクリと瞬きで動いた。
「温まっていくといいですわ」
「え」
なんでわざわざ主人のために入れた湯に、自分が入らなければならないのか。
「お嬢様がびしょ濡れなんですから、まず温まってくださいね」
「ええ。でも、ハルムだって川に入ったじゃありませんの」
「……私はなんとかしますので」
「ダメですわよ。じゃあ、わたくしが先に温まりますので、絶対次に使ってくださいませね」
「あ、はい」
そう返事をすると納得したのか、アセリアは桶に向かって足を上げた。
ふいにドキリとする。
湯に触れるつま先から、目が離せなくなる。
俺……もしかして今まで、下心しかなかったんじゃないか……?
アセリアは桶に両足とも入れてしまい、ほっと嬉しそうな顔をした。
自覚直後のハルムくん。もうすでに大丈夫じゃない。




