8 外へ!これが生活の第一歩になるだろう(2)
「どこに住むんだ?」
「一人か?」
「細い子ねぇ。ご飯は食べてるの?」
みんな、親切にしてくれる。
けれどそれが、ただの親切ではないことはハルムにもわかった。
娯楽なのだ。
何もないこの村に訪れた、何か面白いことを起こしそうなもの。
みんな道化を見るような目で、俺を見に来ている。
けれど、嘲笑の的であろうとなんであろうと、ここでチャンスを逃すわけにいかない。
「村はずれの家に。服と食料が欲しいのですけど、店はありますか」
丁寧にそう聞いたところ、近くにいたおばさんの一人が、
「やだねぇ」
と、ガハハと笑ってみせた。
「店なんてありゃしないよ。小さな村だからね。時々商人がやってくるから、そいつから買うんだね。服そのものは売ってないが、布やら靴やらは売ってくれるし、手で縫うのが無理なら、注文をすれば町で買ってきてもらえるよ」
そういう仕組みなのか……!
かといって、その何ヶ月も待たされそうなルートでの入手を待つわけにはいかなかった。
あの一部屋しかない小屋で裸のお嬢様を飼うなど、どちらが先に爆発するかの我慢比べでしかない。
「今すぐ手に入れる方法はありますか?」
そこからは怒涛のようだった。
「みんな自分の物と交換なら何でもくれるよ。卵なら、オエグさんのところがたくさん鶏を飼ってるから行ってごらん」
「うちの旦那の服、合うかしら」
「作業着みたいなものでいいの?」
尋ねられ、
「私のものだけでなく、女性のものも欲しいのですが」
と素直に答える。
その瞬間、
「きゃ〜〜〜!」
と遠くで耳を澄ませていた洗濯場の女性達から悲鳴が上がる。
「奥さん?新婚さんなの?」
「もしかして……駆け落ちじゃない?」
「いえ、執事として仕えているお嬢様で」
素直にそう答えた。
元貴族だということは隠せるものなら隠したいが、アセリアの感性や言葉遣いを一般市民に変えるのは、どう考えても不可能と思われた。
「どんな人なの?」
「可憐な人です」
いつもの表情を崩さずに言う。
貴族としても、執事としても、相手に気持ちを気取られるような態度をするのは失態である。
出来るだけ優雅に、無表情に、悪意なく。
嘘を吐くこともしない。
アセリアは性格がいいわけではない。頭は悪くはないが、才女と言える程の何かがあるわけではない。
褒められるところといえば、顔である。顔と所作は流石公爵家と言える程のものだ。
そこでふと、昨日のアセリアを思い出す。
あ……。
赤く火照った頬。潤んだ瞳。白い首筋。
あーーーー、いやいや、思い出すな思い出すな。
「あらぁ、照れちゃって。やっぱりそんな関係なんじゃないの」
なんて、からかわれる。
「コホン」
断じてそんな関係ではない。
それから、結局、そこに立っているだけで服や靴、パンやスープ入りのスープ鍋まで両手に持つことになった。
呆気に取られると同時に、少しの感動を覚える。
自分の格好を見直して、首に巻いていたタイを外した。
「物々交換なんですよね」
と、そのタイを服をくれた女性へと渡す。
「いやいや、こんなの貰えないよ!?」
と女性はタイをぶんぶんと振り回した。
確かにお金に変えることができれば、この服が20着は買える価値があるだろう。
けれどそれは、お金に変えることが出来ればの話で。今、この服以上に価値があるものなどないと、ハルムは断言出来た。
それに、金で好感度が買えるのならば安いもの。
「大丈夫ですよ」
とにっこりと笑顔を作る。
そこで、半泣きの女性に助け舟を出したのは、初老の男性だった。
「どうしたのかな」
穏やかそうなその人は、
「村長〜!」
と呼ばれていた。
なるほど、この人が。
結局のところ、タイは村長がお金に変えることで、それぞれ服や食料をくれた人達へ恩を返せることになった。
そんなわけで、あっという間にハルムは、服や靴、食料を手に入れることとなったのだ。
二人はこの村になじむことが出来るのでしょうか。




