77 思い出すことももう怖くはありませんね
話し合いは長時間続き、ハルムとアセリアが家へ帰る頃には、すっかり暗くなったあとだった。
人のいない広場をゆったりと帰る。
ハルムの持つランプの灯りが、揺らぎながら地面を照らした。
「足元が危ないので、どうぞ」
ハルムはそうそっけなく言うと、アセリアに手を差し出す。
手の上に置かれた温かな手のひらを感じながら、ハルムはそっとアセリアに尋ねた。
「いつから、考えていたのですか」
これは、疑問というよりも少しの不満だ。
何の相談もなかったことに対する。
「しばらく前に、お金が足りないことに気付いてからですわ。このまま豆が手に入っても、みんなが期待するような生活は出来ませんもの」
それはそうだろう。
豆が大量に手に入るといっても、全て食べるわけにはいかない。麦や豆はいいものが手に入るようになるとはいえ、それで村にお金が入るわけではない。
「私が持っていたものを、有効的に使っただけですわ」
「そうですね」
それでも感慨深くなってしまう。
思い出す。
煌びやかなドレスを着て、色々な人とダンスをしていた頃のことを。
それが眩しかったわけでも、羨ましかったわけでもない。
ただ、執事としてそばに控え、眺めていたあの頃を思い出す。
「そういえば、私はお嬢様とダンスをしたことはありませんでしたね」
そう言うと、アセリアがこちらを真っ直ぐに見つめた。
「そうですわね」
アセリアが、少し笑う。
「あなた、ダンスはお上手ですの?」
「教養としては習いましたよ」
「あら、そうですの。知りませんでしたわ」
「言ってませんからね」
そう言って、ハルムは腕を上げ、アセリアにターンを促した。
「ふっ、ふふふ」
アセリアがターンをしながら、面白がって笑う。
「じゃあ、わたくしが、初めてのダンスのお相手ですわね」
アセリアが、ハルムの腕を引いた。
「ほら、こうですわ」
困惑しながらも、ハルムもアセリアの足に合わせてステップを踏んだ。
「あら、お上手ですのね」
「まあ、この程度ですけどね」
荷物を持っているので、それほど距離が縮まるわけでもない。
ただ、片手を添えただけのダンス。
二人が月の下で華麗なステップを踏む。
笑顔とブーツで踏むステップは、もう令嬢のそれではなかった。
「いち、にい、さん。いち、にい、さん」
「だから、踊れるって言ってるでしょう」
アセリアが、クスクスと笑う。
ハルムも、あまりの楽しさについ微笑んでしまう。
こんな気持ちで触れてもいいのかわからないけれど、もう、そんなこともどうでも良くなってしまう。
「ほら見てくださいませ、ハルム!」
アセリアが空を仰ぐ。
空はもうすっかり夜空だった。
そこには、王都では見ることの出来ない空が広がっていた。
そこにあったのは埋め尽くすほどの、煌めく星空だった。
笑顔でダンスを踊れるほど回復した二人です。まあ、ハルムくんはそんな笑顔でもないでしょうがw
それはもうすっかり思い出話になって。




