76 諦めきれませんでしたの(2)
「では、商談を始めてくださいませ」
アセリアの声が部屋に響き渡る。
ハルムの背筋が伸び、ピシッと頭を下げた。
「ああ。これを金貨300枚で買ってやる」
「いいですわ。それで橋を作るに当たって、もちろん、力を貸していただけますのよね?」
「ああ。何が欲しい」
「まず、橋を作る方法を教えてくださいますかしら」
アセリアは、いつもの平民の服だった。
もう、ドレスも手放した。
もうルーシエンだった過去を、証明するものもない。
けれど、アセリアは堂々とそこに立っていた。
そこに、過去の面影がなくなったわけではない。
18年生きてきたものが消えるわけではない。
けれどそれは、その18年に区切りをつけ、ここで生きようと決めた姿だった。
「ああ、それなら……」
「いけません!」
話し始めたところで、話を遮ったのは村長だ。
「こんな……こんな大切なもので私たちを救おうなどと……」
「…………」
アセリアは、何かを言いかけた口で、村長のことをじっと見つめる。
やっと口を開いた時には、既に微笑んでいた。
「“あなたたち”などではありませんわ。この村は、わたくしたちを何も言わず受け入れてくれましたもの。この村の一員として、これがわたくしに出来ること、ですの」
「それは……、それは…………」
村長の瞳が潤んでいた。
「ありがとうございます……。必ずやこのオロン、アセリア様の銅像を建ててみせましょうぞ」
「……それは、遠慮いたしますわ」
それから、村長の説明、ファエンの提案、ハルムの仲裁などを経て、商談は進んだ。
「色は黒だ。丈夫な木とタール。だろ?」
「タールは高級なんじゃないか?木、そのものにお金をかけた方がいい」
「ここで作ればいいじゃないか」
「松を持ってくるのか。北の山地にしか生えていない木だ。一体誰が」
「君たちだ」
「なんと……!」
「橋を作る大工をこちらの村から出しましょう」
「それで金貨を浮かすのか」
「私も参加出来ます」
「細いおぼっちゃんがね」
そして結局、木が手に入り次第、橋作りに取り掛かることになった。
「これで商談成立といこうか」
「ええ、よろしいですわ」
それはよく晴れた初夏のことだった。
それは過去に縋ろうとしないことを決めた日だった。
後悔するものもない。
そもそも、自分の選択肢などありはしなかった。
行き着いた先がここだという、ただそれだけだ。
ファエンがドレスを持ち上げる。
アセリアとハルムはそれを確認し、必要のなかった靴やアクセサリーをハルムが抱えた。
村長が、頭を下げる。
「では、帰りますわよ、ハルム」
「ええ、お嬢様」
さて、商談が決まり、村の復興イベントがまた一歩前進ですね。




