74 お久しぶりですわね
小屋には爽やかな香りが充満していた。
テーブルの上に、いくつかイチゴが載っているのだ。
深夜、その香りで目を覚ましたアセリアは、ベッドの上からテーブルの上を眺めた。
窓からぼんやりと照らされた月明かりが、テーブルを照らしている。
見えたのは、6つのイチゴ。
香袋に入れるのは葉だけにして、イチゴはいくつか自分たちで食べるために持って帰ってきた。
この村のイチゴは、美味しいですわね。
アセリアでさえ、王都ではこんなイチゴを食べたことはなかった。
これ、売れませんのね。
他に、売れるものが見つかるだろうか。
売れると確信出来るものが、見つかるだろうか。
アセリアは、ベッドから立ち上がる。
相変わらず扉のそばで、暖かそうな布団にくるまって眠っているハルムの姿が見える。
テーブルのわきを歩く時、イチゴのそばへ指を沿わせる。
触れない。
けれど、そこにあることを知っている。
小さなタンスを見る。
ここに初めから置かれていた、小さなタンスだ。
茶色くて、何の装飾もない。
正直、アセリアはここに来て初めて、何の装飾もないタンスというものを見た。
そこには、引き出しだけがある、ただただ機能的なタンス。
このタンスの中には、残念ながら何もなかった。
アセリアたちが来たときには。
今は。
真ん中の引き出しを開ける。
スーッと、噛み合った木と木が触れ合う音がする。
すると、キッチリとした綺麗な服が顔を出した。
一つは黒い執事服。
ハルムがここに来たときに着ていたものだ。
……ボタンが、ありませんわね。
執事が家の象徴となるボタンを失くすとは考えにくい。
ここに来て売ってしまったのだろう。
そして隣には、アセリアが着ていた夜会用のドレスがしまってあった。
この村では見ることができない、上等なドレス。
「お久しぶりですわね」
アセリアは、ドレスに手を添える。
あまり、変わっていないと思ったが、それでもここに来てしばらく経つ。
あの頃の汚れたこともない白魚のような手と違って、なんだか少し働き者の手。
けど、申し訳ありませんわね。わたくし、この手も好きですの。
ドレスの手触りは、この村では出会えないものだ。
香袋の生地がいくら上質とはいえ、それでもこの生地の足元にも及ばない。
そんなするりとした手触りの生地が、アセリアの身体に合わせて作られている。
固く縫われた生地には、有名な職人の手による刺繍がこれでもかと入っている。金の糸。銀の糸。
そして時々目に入るキラキラと輝くものは、小さなダイヤモンドだ。
「わたくし、あなたより、欲しいものができてしまいましたわ」
王都から持って来れたたった一つのものが、ドレスだったわけですが……。




