73 イチゴはとても甘いものですのね
よく晴れた日の午後、アセリアとハルムはまた森へハーブ取りに出掛けていた。
アセリアが布団を買ったあの日から、ハルムは何やら商人と会うことが多くなっていた。
お互い、着の身着のままで追い出された身。入り用なものも何かとあるだろう。
ファエンへ香袋作りを持ちかけるのは、どうやら女性たちだけではなくなったようだ。
「お嬢様」
ハルムがアセリアに呼びかけたのは、明るい森の中でだった。
恭しく手を差し出す。
いくらか摘んだハーブたちが、小さなカゴの中で揺れた。
もうすっかり一般市民の服装しか着ないというのに、身についた所作は消えることがない。
「こちらへ」
アセリアが手を載せると、手を引かれ、木々の間を抜けた。
「なんですの?」
なんて言いながら、アセリアも気付いていた。
こちらの方角は、あの、イチゴが咲いていた場所だ。
木々の中に青空が見え、草原が広がったところに、その場所はある。
アセリアが見下ろすと、真っ赤なイチゴが実っているのが見えた。
「わぁ……!」
思わず、感嘆の声が上がる。
「すごいですわ……!」
しゃがみ込むと、実が太陽の光に触れて、キラキラと輝いているのが見えた。
昔から、高級なものを食卓や庭園のテーブルで見慣れていたはずなのに、そのどれよりも輝いていた。
「……取っても、いいですかしら」
イチゴにそう尋ねたのに、ハルムが少しだけ笑って、
「いいですよ」
なんてイチゴの代わりに返事をする。
そんなやりとりを少し恥ずかしく感じながら、アセリアはそっと取り込むように、イチゴを一つ手の中に収めた。
「食べられますの?」
「ええ。エプロンで拭いて食べてください」
「え、ええ」
慎重にエプロンでイチゴを拭うと、アセリアはイチゴをかじる。
「あら」
口の中に広がる甘さは、想像以上のものだった。
「甘いですわ」
瞬きをした先に、窺うようにじっとこちらを見るハルムの姿があった。
「ほら」
もう一つイチゴを取り、手を差し出す。
「食べてみるといいですわ」
「はい」
ハルムが、目の前で膝をつく。
優しげな「はい」を聞き、いい気分になったアセリアは、そのままハルムの口に持っていく。
ハルムがそのまま齧ったところで、やらかしてしまったことに気付いた。
こ、子供でもありませんのに、直接は失礼だったのではなくて!?
もう少しで指がハルムの唇に触れてしまうところだったと、顔を熱らせた次の瞬間。
アセリアは、手の中にハルムの食べかけのイチゴが収まっていることに気付いた。
こ、これはどうすればよろしいの?
捨てるわけにも、自分で食べるわけにもいかなかった。だからといって、ここから手に渡すのもハルムが困るというものだ。
仕方なく、アセリアは何食わぬ顔で、そのまままた二口目をハルムの口元に持っていくしかなかった。
あ……。触れ…………。
ドキリとした瞬間、ハルムが、真っ赤になって視線を逸らす。
「な……、なんですの……っ」
突然そんな態度を取られたら、こちらにも伝染してしまうではありませんの!
追い詰められた気持ちをどこかへ隠すため、ゆっくりと視線を逸らす。
瞬きをしてから、また赤くなったイチゴを見渡す。
木漏れ日が、視界の端で揺れた。
暖かな光が、二人に注いでいた。
唐突に甘い回!その甘さはアセリアの心に残ったはずです。




